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『ハード・デイズ・ナイト』ジューク・ボックス・ミュージカルの“市民ケーン”と評された、ミュージックビデオの原点

(c)Bruce & Martha Karsh

『ハード・デイズ・ナイト』ジューク・ボックス・ミュージカルの“市民ケーン”と評された、ミュージックビデオの原点

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元祖ミュージック・ビデオ、その後の影響力



 製作会社としては、あくまでもサントラ盤を目的に作り始めた映画で、20万ポンドと低予算の早撮り作品だった。ところが、完成後は世界中で映画も大ヒットを記録。ビートルズの新曲のお披露目映画にもなっていて、サントラ盤も爆発的に売れた。


 作品としての評価も高く、「デイリー・テレグラフ」「サンデイ・タイムズ」といった知的な層向けの新聞でも好評を博し、アメリカの辛口評論家として知られるアンドリュー・サリスも「ジューク・ボックス・ミュージカルの“市民ケーン”といってもいい」と絶賛した。コメディとしてはマルクス兄弟の映画に例える評もいくつか出た。


 それまでビートルズのファンは若者が中心だったが、この映画はそれまで彼らに抵抗を示していた中年層にも受けて、彼らのファン層がぐっと広がった。ビートルズというバンドにとって、最高のプロ―モーション作品となったのだ。


 『ハード・デイズ・ナイト』(c)Bruce & Martha Karsh


 当時の英国では『土曜の夜と日曜の朝』(60)、『蜜の味』(61)など、<怒れる若者たち>と呼ばれるリアリズムを押し出した青春映画が話題になっていて、本国ではビートルズ映画もその延長線上にあると考える人もいた。


 レスター自身はこうコメントしている――「イギリスの若者に初めて自信を与えたのがビートルズだと思う。それで常に身構えているような“怒れる若者”が消えていった。ビートルズは階級というものを吹っ飛ばして、笑い飛ばして、絶滅させたんだ。それで平等という意識を浸透させた」(「ビートルズを撮った男 リチャード・レスター」プロデュース・センター出版局、アンドリュー・ユール著 島田陽子訳)


 当時の英国には今以上に階級制度が残っていたが、それを乗り越え、もっと自由な世界を見せてくれたのがビートルズだったのだろう(60年代のこういう問題に関しては、マイケル・ケインがナビゲートし、ポール・マッカートニーがゲスト出演しているドキュメンタリー『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』(17)でも語られる)。


『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』予告


 『ハード・デイズ・ナイト』は新しい時代の明るい象徴となり、60年代の人々の心を解放する役割を果たしたのだ。


 この映画で認められたレスター監督は次作のコメディ『ナック』(65)も高い評価を受け、カンヌ映画祭でパルムドールを受賞しているが、この作品を見ると、フランスのヌーヴェル・バーグ作品からの映像の影響がさらにはっきり読み取れる。また、ビートルズとはさらにシュールな『ヘルプ!4人はアイドル』(65)でも組んだ。ジョン・レノンは『ジョン・レノンの僕の戦争』(67)に俳優として出演。また、ポールのコンサート映画『ゲット・バック』(91)も撮っている。


 レスター監督はMTVによって“ミュージック・ビデオの父”という称号を与えられたが、『ハード・デイズ・ナイト』は確かに“ミュージック・ビデオ”の原点ともいうべき音楽映画に仕上がっている。


 彼は、64年という時点でのビートルズの最大の魅力は、「新鮮さ(フレッシュネス)」と語っているが、その鮮度は50年を経た今も失われていない。


 現在の映画監督でレスターの影響を強く感じさせるのが、ダニー・ボイルである。監督作『トレインスポッティング』(96)の冒頭で主人公たちがストリートをかけぬける場面には『ハード・デイズ・ナイト』の始まりを思わせる疾走感があり、その軽妙な語り口にも共通点を見出せる。そんなボイルがコメディ『イエスタデイ』(19)では、長年愛してきたというビートルズをモチーフにしている点も興味深かった。




文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



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『ハード・デイズ・ナイト』

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Exclusively licensed to TAMT Co., Ltd. for Japan

画像:(c)Bruce & Martha Karsh


http://harddaysnight-movie.com/

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