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『ソフィア・コッポラの椿姫』クラシックと奇跡の融合を果たしたソフィアの作家性とは

『ソフィア・コッポラの椿姫』Photo(c)Yasuko Kageyama

『ソフィア・コッポラの椿姫』クラシックと奇跡の融合を果たしたソフィアの作家性とは

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初オペラに刻まれたソフィアの作家性



 それだけではない。本作を詳しく紐解けば、そこにはソフィアが得意としてきた「ロマンス」と「悲劇的なラブストーリー」という要素が詰まっていることに気づくはず。ソフィアはこのオペラの仕事を受けるにあたり、まず従来の自分が描き続けてきたテーマとの共通性に目を向けたのだという。また、大規模な社交界シーンに関しては『マリー・アントワネット』で幾度も描いてきた自負もある。こうして自らの経験と、表現者としての興味関心を糸口にフォーカスすることで、「椿姫」の物語は徐々にソフィア色へと染まっていった。


 そしてソフィアが手慣れているのは、自分の言葉でスタッフやキャストたちと言葉を交わしながら、親密な距離感を構築していくことにある。映画で貫かれてきたそのスタンスは、オペラの現場でも一向に変わらない。彼女は各シーンの微妙なニュアンスについてスタッフやキャストと綿密に意見をやり取りしながら、登場人物の感情をよりダイレクトに伝えるにはどうすべきか最善の道を模索していったのだ。



『ソフィア・コッポラの椿姫』Photo(c)Yasuko Kageyama


 さらに、ソフィアの作家性に関してもう一つ注目したいのが、パリで高級娼婦として名を馳せるヴィオレッタの“孤独感”。そして虚ろな日常の中でふと清らかな愛と出会い、心にまばゆい光が満ちていく“幸福感”である。これらの心象表現はソフィアの映画で幾度となく描かれてきたモチーフと極めてよく似ている。そしてヒロインの感情が醸成されていくそばに、当然ながら“音楽”がしっかりと寄り添っているのも実にソフィア作品らしいところ。もしかするとヴィオレッタは、これまでのキルステン・ダンストやスカーレット・ヨハンソン、エル・ファニングといったソフィア映画のミューズたちと同じ系譜に連なる人物と言えるのかもしれない。


 こうした取り組みがあってこそ、ヴァレンティノとソフィアが掲げた「現代人が共感できる女性としてヒロインを描く」という狙いは見事に達成されていった。ヴェルディがもたらしたクラシックの名曲と現代の感覚とを見事に溶け込ませたソフィア。その結果、繊細かつダイナミックな感情の泉が湧き上がり、観客の胸を震わせてやまない新たな「椿姫」がここに堂々と完成したのである。


 その荘厳なクライマックス、ヴィオレッタの死と共にステージには眩い光が満ち、ローマ歌劇場は大きな拍手に包まれていく。緞帳が上がり、キャスト一人一人が挨拶をする中、演出家のソフィア・コッポラもまた列に加わり、客席に深くこうべを垂れる――――。かつて(『ゴッドファーザーPARTⅢ』の中)劇場の外で銃弾に倒れた悲劇のヒロインが、いまこうして世界最高峰の歌劇場で演出家として舞台に立ち、満員の客席から喝采を受けている不思議。それを誰よりも実感しているのは彼女自身ではなかったか。ここで何かが終わり、何かが始まる。我々は、彼女とオペラが邂逅を果たしたこの場所から、また新たな扉が押し開かれていくのを、高まる興奮をもって祝福せずにいられない。



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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配給:東北新社

Photo(c)Yasuko Kageyama


※2017年10月記事掲載時の情報です。

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