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『ソフィア・コッポラの椿姫』ノーラン作品の常連、美術監督ネイサン・クロウリーが舞台にもたらした芸術性

Photo(c)Yasuko Kageyama

『ソフィア・コッポラの椿姫』ノーラン作品の常連、美術監督ネイサン・クロウリーが舞台にもたらした芸術性

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舞台美術が「椿姫」にもたらした、時空、感情、そして窓



 というわけで、今一度クロウリーのことを意識しながら「椿姫」の舞台に戻ろう。まず<第一幕>で、私たちは前述した「巨大な階段」の洗礼を受けるわけだが、舞台上のこれだけのスペースを占めるこの階段を昇降するのは、ヒロインのヴィオレッタただ一人。まるで時空を超越した“記憶の通り道”のようでもあり、または彼女の心情が余すことなく吐露される“独白の場”と受け取ることも可能だろう。そして舞台を照明で明るく照らすだけでなく、その隅々に臆せず“暗闇”の色彩を取り入れることで、ヴィオレッタが着こなすドレスの立体感や髪に止めた花飾りのレッドを浮かび上がらせる効果も発揮している。



『ソフィア・コッポラの椿姫』Photo(c)Yasuko Kageyama


 また、<第二幕>はその豪華絢爛たるパリの社交界から遠く離れ、ハッとするほど長閑な別荘地へと場所を移す。舞台の大部分を占める「窓」からは田園風景が見渡せ、自然や植物との距離感も近く、人間ヴィオレッタの嘘偽りのない愛に満ちた暮らしぶりがうかがえる。


 だが、ここに一人の訪問者が加わることで運命は大きく流転。その人物は、ヴィオレッタに対して恋人アルフレードとの別離を迫るのだが、二人のやりとりが激しくなるにつれ、窓の外には気付かぬうちに雲が立ち込め、これまでの真っ青で覆い隠すものが何もなかった状態を徐々に侵食していくのである。


 言うまでもなくソフィア・コッポラ作品において「窓」は重要な心の鏡を意味する。『マリー・アントワネット』ではヴェルサイユに押し寄せる民衆の怒りが窓に映る赤い炎の色で表現され、ラストシーンでは馬車の車窓が延々と映し出されたのも印象的だった。また、『ロスト・イン・トランスレーション』では新宿のパークハイアットの窓から望む東京の街並みが、異国でひとりぼっちの外国人の孤独な思いを叙情的に代弁していたものだった。


 この<第二幕>においても、ソフィアの作家性を具現化する上で、クロウリーは「窓」を最大限活用してみせる。感情のもつれとともに徐々に雲の厚みも増す。だが、いつしかヴィオレッタの中に一つの決意と使命感が芽生えると、今度は窓を覆っていた雲間から夕暮れ時の陽光が射し始める。この幻想的ながらも明確なビジョンに満ちた舞台演出によって、私たちは舞台における時間と感情の流れを、一つの絵巻物のようにして受け止めることができるのだ。


 最後の<第三幕>では、ヴィオレッタが死を待つ寝室がステージいっぱいに広がっている。中央には彼女が横たわるベッドが置かれ、それ以外には方々に、ほとんど照明の当たらない深い闇が広がっている様に、多くの観客が驚かされることだろう。同じくクロウリーが美術を手がけた『ダークナイト』を彷彿するほど、まさにその色彩は“ダーク”としか形容しようがないもの。ただし、枕元にはやはり「窓」がある。その大きさは序盤に比べると圧倒的に小さくなってはいるものの、しかしそこから入り込んでくる光や闇、明かりなどが彼女と世界をつなぐ最後の細い糸であることが伺え、どうしようもなく胸が締め付けられる。社交界の“動”のシーンとは対照的ではあるものの、この“静”のシーンにも様々な美術を通じて精神的な厚みをもたらすクロウリーの仕事ぶりはさすがだ。


 このようにして舞台の隅々にまでいかんなく意匠が発揮されたこのネイサン・クロウリーのオペラデビュー作「椿姫」。彼は映画で培ってきた感性を大いに活かしながら、あくまでオペラの常識をはみ出さないレベルで最大限の冒険を繰り広げてみせた。これから本作をご覧になる方は是非その名前を頭の片隅に置きつつ、あたかも『インソムニア』や『インターステラー』の白のイメージと『ダークナイト』シリーズの黒のイメージが融合したかのような“夢のひとしずく”を心ゆくまで堪能してほしい。きっと映画とオペラの垣根を取り払った新たな感動が得られるはずだ。



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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配給:東北新社

Photo(c)Yasuko Kageyama


※2017年10月記事掲載時の情報です。

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