1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. インランド・エンパイア
  4. 『インランド・エンパイア』デヴィッド・リンチが誘う奇妙な世界の先にあるのは、映画を通じた救済なのか
『インランド・エンパイア』デヴィッド・リンチが誘う奇妙な世界の先にあるのは、映画を通じた救済なのか

(c)Photofest / Getty Images

『インランド・エンパイア』デヴィッド・リンチが誘う奇妙な世界の先にあるのは、映画を通じた救済なのか

PAGES


常人の理解を超える、複雑な多重構造



 リンチ監督は、自身の作品について多くを語ろうとはしない。ひとつの解釈を一方的に押しつけようとはせず、観客の一人ひとりに考察の余地を与えるのだ。しかし、本作に関して、監督はある言葉を残している。監督はただ一言、「トラブルに陥った女の話」であると、そう述べているのだ。


 端的にいえば、確かにその通りだ。この映画は、それ以下でも、それ以上でもないだろう。ただ、この映画には、そんな簡素な言葉だけでは形容しがたい、極めて不穏な魅力を感じるはずだ。この映画は、現実と空想、事実と虚構、それらの狭間を含む、幾重にも折り重なった無数の空間を描いている。


 例えば、多重人格者の妄想を描いた『ロスト・ハイウェイ』(97)しかり、死の間際の妄想世界を描写する『マルホランド・ドライブ』(01)しかり、リンチ監督の作品には“妄想”というファクターが多分に用いられている。そして登場人物は、妄想世界と現実世界とを見事に混同させ、まったく新しい世界を構築していくのだ。『インランド・エンパイア』のニッキー・グレイス(ローラ・ダーン)は、“現実世界”と“映画世界”とを混同させ、さらに深淵な多重構造の世界へと足を踏み入れていく。


『ロスト・ハイウェイ』予告


 女優としての再起を狙うニッキー・グレイスは、「暗い明日の空の上に」という新作映画に、主演女優として抜てきされる。しかし、この新作は、かつて主演俳優が謎の死を遂げ、製作が中止された未完のポーランド映画「47」のリメイクだったのだ。グレイスはその不穏な事実を知った上で、新作映画の撮影を続行するのだが、次第に彼女は、現実世界と映画世界との境目を見失っていくことに……。


 本作は、女優ニッキーの世界を軸に、劇中劇「暗い明日の空の上に」のハリウッド視点、ロスト・ガールと呼ばれる謎の女性の世界、未完のお蔵入り映画「47」のポーランド視点、そして後述するうさぎ人間のシーケンスを含めると、実に5つもの空間を描いている。それらが、らせん階段のように、ぐるぐると回転しながら幾重にも層を成しているのだから、まったく理解が追いつかない。


 デヴィッド・リンチ監督は、突発的に想像したこと、夢で見たことなど、奇抜なアイディアをその都度記し、それらを脚本に反映させてきた。シュールレアリストであるデヴィッド・リンチは、オートマティズム(自動記述)の手法を用いて、この映画を完成させている。つまり、脚本のプロットをほとんど固めず、思いつきの言葉だけをなんの整合性もなく並べ、まったく一貫しない物語を書いてゆくのだ。過去のリンチ作品の多くは、この手法を用いて構築されている。


 いうなれば本作は、『ロスト・ハイウェイ』『マルホランド・ドライブ』に次ぐ、一連の奇譚の最終章に位置する作品だ。要するに、妄想というファクターを用いたトリロジー作品なのである。


『マルホランド・ドライブ』予告


 本作は、多岐にわたる要素を何層にも重ね合わせることで、映画史上における極めて難解な映画に仕上がっている。この映画を理解しようとすればするほど、わたしたちはリンチの魅力に飲み込まれてゆくのだ。ただし、リンチ作品のすべてを理解することなど、まず不可能である。まったく理解できない部分もあるだろう。しかし、それこそがまさに、リンチ作品を理解したなによりの証拠だ。理解しないことが、理解したことになるのだから。



PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. インランド・エンパイア
  4. 『インランド・エンパイア』デヴィッド・リンチが誘う奇妙な世界の先にあるのは、映画を通じた救済なのか