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『スモーク』ポール・オースター原作のミニシアターヒット作、作品をめぐる人々に想いを馳せる

(C)1995 Miramax/NDF/Euro Space

『スモーク』ポール・オースター原作のミニシアターヒット作、作品をめぐる人々に想いを馳せる

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人間の心のひだを見せるワン監督



 『スモーク』はオーギーとポール、ポールとラシード、ラシードと父サイラス、オーギーと元恋人ルビーなど、主に主要人物たちの会話で成り立っているが、彼らの話は虚実入り乱れており、どこまでがホントでどこまでがウソなのか分からない。そして、彼らの会話に耳を傾けていくと、さらに謎がふくらみ、観客はその物語の奥へとひきこまれる。


 ワンの他の作品を振り返ると、『ジョイ・ラック・クラブ』は中国からアメリカへと渡った4人の女性と彼女の娘たちの物語で、それぞれが抱える葛藤が次第に見えてくる。『千年の祈り』はアメリカに住む中国人の娘と、彼女を訪ねる父との会話だけで成り立っているが、やがてはふたりの心の秘密が明かされる。


 日本を舞台にした『女が眠る時』は、リゾートホテルで見かけた初老の男と若い女の謎めいたカップルにスランプ気味の作家が興味を持ち、彼らの足跡をたどることで迷宮の中へと引きずり込まれる(『スモーク』のオーギーは街角の写真を毎日撮っていたが、この映画の初老の男は若い女が眠る顔を毎日撮っている)。


『女が眠る時』予告


 『スモーク』は父と息子、父と娘の切れていた物語がつながっていくが、『ジョイ・ラック・クラブ』では母と娘、『千年の祈り』では父と娘の関係が問い直される。また、『女が眠る時』では夫婦や恋人など、男と女が抱える心の闇にも焦点があてられる。


 登場人物たちが積み上げる複数の物語を通じて、監督は人間の心のひだに入っていき、切れていた絆の再生やコミュニケーションのむずかしさを描き出す。そんな中でも『スモーク』は最も穏やかな視点を持つ作品に仕上がっている(だから多くの人に愛される作品になったのだろう)。


 主演のハーベイ・カイテルはマーティン・スコセッシが撮った70年代の『ミーン・ストリート』(73)や『タクシー・ドライバー』(76)では、同じニューヨークが舞台でも、もっとチンピラ的なヤクザだったが、年を取ることで人間的な味わいが増し、今回は気のいいタバコ屋のオヤジを好演している。



『スモーク』(C)1995 Miramax/NDF/Euro Space


 作家役を演じるウィリアム・ハートは当時アメリカを代表する知性派男優で、文学的な感覚を持っていたので、ニューヨークの作家という役柄にも説得力がある。アカデミー男優賞を獲得した『蜘蛛女のキス』(85)では刑務所の同室の男に毎夜さまざまな物語を語りかけるゲイの男を演じていたが、『スモーク』では物語を書く作家という役どころである。 


 前述のプロデューサー、井関さんによれば、最初はティム・ロビンスとトム・ウェイツがキャスティングされ、ややとがった作風の映画を考えていたようだが、最終的にはカイテルとハートが出演することで大人の渋い味わいが生まれている。


 感動的な最後のクリスマス・ストーリーのところで、トム・ウェイツの歌が流れるが、映画に出演できなくなったお詫びということで、トムが無料で曲を提供してくれたという。この曲も含め、最高の見せ場が最後に訪れることで、心地よい余韻がいつまでも続く作品に仕上がっている。



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



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(C)1995 Miramax/NDF/Euro Space

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