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『トラフィック』天才ソダバーグが贈る麻薬売買の全貌を暴いた傑作。複雑だが難解でない理由とは?

(c)Photofest / Getty Images

『トラフィック』天才ソダバーグが贈る麻薬売買の全貌を暴いた傑作。複雑だが難解でない理由とは?

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天才監督が見出した“カメラは俺が担ぐ”という選択肢



 ソダーバーグは、1989年のデビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』でいきなりカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した。まだ26歳という史上最年少記録であり、一躍「天才監督あらわる!」とのニュースが世界中に駆け巡った。 


 ところがその後、ソダーバーグは暗黒時代に落ちていく。アート嗜好へのこだわりが強くさっぱり興行的ヒット作を生み出せず、1996年には自ら監督・脚本・撮影・編集・音楽・主演を務めた完全な自主映画『スキゾポリス』を発表。あまるにもシュールな内容は「ワケがわからない」と酷評され、ハリウッドでのキャリアは絶たれたかに思われた。 


 そんなソダーバーグが起死回生を遂げたのが前述の『アウト・オブ・サイト』。エルモア・レナードの犯罪小説を小気味よいテンポで映画化し、同時にエッジなアート嗜好も実現させる離れ業をやってのけて全米批評家協会賞の作品賞・監督賞・脚本賞の三冠を獲得。主演のジョージ・クルーニーとは共に映画制作会社“セクションエイト”を共同設立するほどの名コンビとなった(現在は解散)。 


 この時点で、ソダーバーグは、商業的な娯楽作という枠をギリギリの線で守りつつ、自身のクリエイティビティを追求するバランス感覚を手に入れた。過去のインタビューでも『アウト・オブ・サイト』について「商業映画が作れただなんて自分でも驚いた」と述懐しており、本人にとっても想定していた路線ではなかった。 


 波に乗ったソダーバーグは『トラフィック』と『エリン・ブロコビッチ』を同じ年に立て続けに発表し、とんでもない偉業を達成する。両作品はアカデミー賞の作品賞と監督賞にWノミネートされ、ソダーバーグが『トラフィック』で監督賞、『エリン・ブロコビッチ』でジュリア・ロバーツが主演女優賞、『トラフィック』からはベニチオ・デル・トロが助演男優賞に輝いた。 


 この追い風に紛れて、ソダーバーグが敢行したのが『トラフィック』の映画監督と撮影監督の兼任体制だった。以降、ソダーバーグはすべての監督作で撮影監督も務め、カメラオペレーターとしてカメラも担いでいる。『スキゾポリス』のような超低予算作は別として、『オーシャンズ11』のような娯楽大作ですら監督本人がカメラを回しているのは非常に珍しい。 


 『トラフィック』のショットごとに分解すれば一見ワケがわからない映像も、作品全体を把握している監督が撮影しているからこそ成立している離れ業と言える。『トラフィック』に限らずソダーバーグの映画では、時に雑にも思える不安定なテイクが使われているが、これも現場で完成品の姿を思い描くことができるので、普通はNGにされるテイクでも即座にOKが出せるから。『トラフィック』で膨大な情報量を絶妙に捌いてみせたのも、監督=撮影監督(さらに編集も兼任)というワンマン体制の賜物なのである。


 しかしソダーバーグも2017年8月現在54歳。いつまでカメラを担いで動き回っていられるかはわからない。今は一本でも多く、この稀有なシステムの成果が観られることを願うばかりだ。



文: 村山章

1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。



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※2017年8月記事掲載時の情報です。

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