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『フィールド・オブ・ドリームス』人生の挫折と痛みを癒す、野球への愛

(c)Photofest / Getty Images

『フィールド・オブ・ドリームス』人生の挫折と痛みを癒す、野球への愛

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野球場の“その後の物語”



 「それを作れば、彼はやってくる」という “声”に導かれるかのように、人々が野球場へと訪れる姿が映し出される感動の終幕。そこには、“その後の物語”があった。


 アイオワ州デモインから北東へ約240km、そこにダイヤーズビルという小さな町がある。町の東端、緑眩しいトウモロコシ畑と落花生畑の並ぶ砂利道を車で抜けると、その先に畑から突き出したナイター用屋外照明が見えてくる。さらに1本道を200mほど過ぎて小川を越えると、目の前には緩やかな芝生の丘に立つ白い家屋と、杉の木々が。丘のふもとには人の背丈ほどあるトウモロコシがフェンス状に刈られ、緑に溢れた野球場が広がり、ポーチからグラウンドを見下ろすとキャッチボールを興じる人々の姿を目にすることができる。その光景は、映画そのものなのだ。


 そう、広大なトウモロコシ畑の中には、現在もロケが行われた野球場がそのまま残されているのである。隣接する「レフト&センター・フィールド・オブ・ドリームス ギフトショップ」では、記念品が展示されていたほか、壁の一角に貼られたアメリカ地図の上に来訪者の名前が書かれた小さな紙が何百枚もピン止めされていた。2006年にはケヴィン・コスナーが再訪したことも話題となり、2014年には映画公開25周年記念番組がここで収録されている。



『フィールド・オブ・ドリームス』(C) 1989 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.


 いずれ取り壊すつもりで開放していたところ、映画を観た何万人ものファンが世界中からやって来て、そのまま残すことになったのだと伝え聞く。しかし、野球場が作られた土地には別々の所有者が存在していたため、一時はその権利問題から存続の危機もあったものの、所有者のひとりであるドン・ランシング氏は整備しながら20年以上無料開放してきたという経緯がある。


 筆者が取材した2010年、この野球場は、4月1日~11月30日の期間、毎日9時~18時まで開放。週末には草野球の試合が行われ、夏期の毎月最終日曜日に開催される「グレート・ショー・オン・ダート」では、ユニフォームを着た選手達がトウモロコシ畑から現れるという趣向で来場者を楽しませていた。


 そして2016年、この土地は買収された。買収したのはシカゴ在住で投資グループを率いるスティルマン夫妻。ふたりが初めてデートで観た映画が『フィールド・オブ・ドリームス』だったのだという。球場を残すことを目的としながら、大型の野球施設を建設。宿泊施設やトレーニングルームを完備し、リトルリーグ向けのグラウンドも整備。この映画を知らない世代である子供たちが、トウモロコシ畑を通ってグラウンドへ入ってゆく設計になっている。



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