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市川準監督の名作『トニー滝谷』はいかにしてあの特殊な空気感を表現したのか?

(c)Photofest / Getty Images

市川準監督の名作『トニー滝谷』はいかにしてあの特殊な空気感を表現したのか?

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市川監督が添えた”救い”の部分とは



 原作の特殊な空気を市川組にしか成しえない手法で、映像へ昇華させていった本作だが、しかし全てが原作に忠実なのかというと、それは違う。特にこの映画のラストには、市川監督の思いがこもった本作独自の描写が添えられていることを、指摘しておかねばなるまい。


 書籍「市川準」にはイッセー尾形がこう語る箇所がある。


 「市川さんは、小説にはない救いの部分をエピローグというカタチで見せた。村上さんの作品ではあるんだけど、映画として大きく、深くなったんじゃないかと思いますね。」(*3)


 その言葉からふと私の脳裏に15年前の記憶が蘇ってきた。当時、私がこの件について市川準さんにお話を伺った際、監督は確かに、原作の最後でトニー滝谷が一人ぼっちになってしまうのが可哀想に思えたこと、それを癒す意味でも本作の結末が「B子」(宮沢りえが一人二役で演じる)の存在感に寄り添うものであってほしいと思ったこと、をお話しくださった。



『トニー滝谷』(C)2005 WILCO Co., Ltd.


 このラストは決して全てをつまびらかにする分かりやすいものではないが、しかしトニーの心の中で何らかの動きが生じたことについて、観る者の想像力をかきたててやまない。閉じかけていた扉が開かれ、そっと風が吹き始めるかのような余韻。そこには、孤独の淵でもう一度「誰かと繋がっていたい」と願う性(さが)が、とても優しく描かれていたように思う。


 単なる村上作品の映像化の域にとどまることなく、そこから一歩踏み込んで、微かな救いを示してくれた市川監督。15年という月日を経て今一度『トニー滝谷』に触れる時、人間へのぬくもりに満ちた視座がより際立って胸に迫ってくるのを感じる。


 と同時に、市川監督が昭和から平成にかけて遺したどのCMや映画も、この「人と人との繋がり合い」といった部分を丁寧に、愛情を込めて織り込んだものであったことに、改めて深く気付かされるのである。


*3:「市川準」p.108より引用


参考資料:「市川準」(河出書房新社/2009)、『晴れた家』(2005年/監督:村松正浩)



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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『トニー滝谷』

DVD: 3,800円+税

発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

(C)2005 WILCO Co., Ltd.

※ 2020年7月の情報です。


(c)Photofest / Getty Images

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