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『mid90s ミッドナインティーズ』自由への渇望を、1枚の板に乗せて――過日の記憶を呼び起こす青春劇

(c) 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.  

『mid90s ミッドナインティーズ』自由への渇望を、1枚の板に乗せて――過日の記憶を呼び起こす青春劇

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スケボーが象徴する「現実からの逃避」



 ここまで述べてきた根底には、『mid90s ミッドナインティーズ』が事実として「90年代を生きていなくても、響く」ことが挙げられる。


 自分の話で恐縮だが、筆者はジョナ・ヒルの4歳下で、正直90年代の記憶はほぼない。スケボーに明け暮れていたような過去もない。この作品が純度100%の「カルチャー映画」であれば、もう少し距離感を抱いていたかもしれない。だが実際はその逆で「なぜこんなに“わかる”のか?」と驚かされた次第だ。


 『mid90s ミッドナインティーズ』に共感してしまう理由。それはやはり、「世界の狭さ・窮屈さ」を丹念に描いているから、に他ならない。冒頭、主人公のスティーヴィーの中にある「日常」や「世界」は、ひどく閉塞的だ。兄は暴力的で、母は心配性。いつもどこか気を遣って生きていて、息をするにも、なんだか苦しい。


 スティーヴィーが浸されているこの環境や感覚というのは、程度の違いさえあれど各々の子ども時代を振り返ったときに、思い当たるものではないだろうか。例えば『レディ・バード』も『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』も、『カセットテープ・ダイアリーズ』や『シング・ストリート 未来へのうた』(16)も、『リトル・ダンサー』(00)も『スパイダーマン』(02)でさえ、自分が暮らす“環境”に対するフラストレーションを抱えている。古今東西の青春映画で描かれてきた「抑圧(と解放)」が、『mid90s ミッドナインティーズ』にもしっかりと収められているのだ。



『mid90s ミッドナインティーズ』(c) 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.  


 そんな生活を送るスティーヴィーが仲間を得て人生に喜びを感じ、兄や母に対して自分の意見を主張できるようになる。という流れは、非常に王道のストーリーラインであるし、『シング・ストリート 未来へのうた』にも通じる。


 少年の独り立ちを描く成長物語として観ることができるため、その時代やカルチャーに対する知識がなくとも、核を見失うことがない。これらの物語構造ではメンター(指導者)の存在も重要だが、レイがその役を担っている。


 そして、スケボーが象徴する「逃避」というテーマが、秀逸だ。


 ここで、本作と同じくスケボーがキーワードになっているドキュメンタリー『行き止まりの世界に生まれて』(18)を紹介しよう。第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞の候補入りもしたこの作品は、家庭に問題を抱える若者たちのリアルな姿を映し出す。


 劇中、彼らはこう語る。「スケボー仲間が家族だった。家族のように俺たちを気にかけてくれる人が、他にいなかったからだ」と。家に居場所がない。だから帰りたくない。しかし、1人でよその町に暮らすだけの経済力も生活力もまだない。そんな彼らの救いとなったコミュニティが、「スケボー」なのだ。


『行き止まりの世界に生まれて』予告


 この描写は、『mid90s ミッドナインティーズ』にも共通する。母に「レイたちと付き合うな」と過干渉され、不機嫌になるスティーヴィー。せっかく見つけた仲間たちを侮辱されたからだ。ふてくされるスティーヴィーの隣に座ったレイは、「俺たちは、自分の人生が最悪だと思う。けど、他の奴らを見るとそれよりマシだと気づく」と語りかけ、明るく振舞う仲間たちは「靴下すら買えない」ほど貧乏だったり、「親が暴力をふるう」苦悩を抱えているのだ、と伝える。スティーヴィーがウンザリする現状も、幸せなことなのだと。


 彼らは知っているのだ。仲間は家族には勝てない。友情は不確かで、青春はいつか終わる。だが、日常は続く――。


 1枚の板に乗った彼らが行きたかった場所は、ここではないどこか。

 これは、真の自由を手に入れる前の、若者たちの物語だ。



文: SYO

1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」「シネマカフェ」「BRUTUS」「DVD&動画配信でーた」等に寄稿。Twitter「syocinema



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作品情報を見る



『mid 90s ミッドナインティーズ』

2020/9/4(金)新宿ピカデリー、渋谷ホワイトシネクイント、グランドシネマサンシャイン

ほか全国ロードショー

配給:トランスフォーマー

(c) 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.  

公式HP:http://www.transformer.co.jp/m/mid90s/

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