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『ザ・セル』は解剖台の上でミシンとこうもり傘が偶然出会ったように美しいか?

(c)Photofest / Getty Images

『ザ・セル』は解剖台の上でミシンとこうもり傘が偶然出会ったように美しいか?

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『ザ・セル』に引用されるアート作品 その1



サルバドール・ダリ


 映画が始まると優雅なドレスを着たキャサリンが馬に乗り、壮大な砂漠の中を駆け抜け、流木に腰掛ける少年の元へ向かっていく。「砂漠」「馬」「流木」はサルバドール・ダリが多用したイメージだ。


 ダリは言わずと知れたシュルレアリスムを代表するアーティストだ。「シュルレアリスム」は日本語で「超現実主義」と訳される思想のことで、現実の物質世界よりも夢や潜在意識:無意識の中にこそ現実がある、という創作における信条のことだ。


 意識の中の世界を描く『ザ・セル』のオープニングとして、ダリを思わせるイメージの引用は必然的なものであったのだろう。



『ザ・セル』(c)Photofest / Getty Images



ステラーク「ボディ・サスペンション」


  キャサリンは特殊なスーツを着て天井から伸びる数十本のワイヤーに吊られ、仰向けで宙に浮いた状態でセラピーを行う。また、連続殺人犯スターガーは身体に開けたピアスホールにフックをかけ、うつ伏せで宙吊りになり、自慰に耽る。


 これは現代アート・パフォーマー、ステラークの「ボディ・サスペンション」の引用である。ステラークは「肉体は経験を体感するための媒体(メディア)にすぎない」という持論から、腕に3つ目の「耳」をインプラントしたり、脳波で動く3本目の腕を装着するなど、メディアとしての肉体の拡張をして意識の変化を記録していくアーティストだ。「ボディ・サスペンション」では、接地面から重力を解放し、浮遊した状態での意識の流れについて考察する。


 『ザ・セル』では作品の重要な要素となる「水」の浮遊感や、意識の中での夢を見ているようなフワフワとした感覚を視覚化しているのだ。



『ファンタスティック・プラネット』



 仕事が終わったキャサリンは自宅でマリファナを薫らせながらアニメ映画を鑑賞している。彼女が観ているのは『ファンタスティック・プラネット』だ。青い肌で異星人然としたドラーグ人と、ドラーグ人の手のひらほどの大きさしかなく、人間と同じ見た目のオム族の対立を描いたSF作品である。


 キャサリンが観ていた場面はドラーグ族の慰み物としておもちゃ扱いされる人間、というサディスティックなシーンで、巨大な生物に蹂躙される人間は、スターガーが弄んで殺す女性を思わせている。



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