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『ザ・セル』は解剖台の上でミシンとこうもり傘が偶然出会ったように美しいか?

(c)Photofest / Getty Images

『ザ・セル』は解剖台の上でミシンとこうもり傘が偶然出会ったように美しいか?

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『ザ・セル』に引用されるアート作品 その2



デヴィッド・リンチ「世界一美しい死体」


 スターガーが“慰み物”にした女性の死体が浅い川辺で見つかる。全身をビニール・シートで包まれたその様子は『ツインピークス』(90-91)に登場した「世界一美しい死体」の惹句が冠されたローラ・パーマーの死体の引用である。


 ローラ・パーマーは屍蝋化し白くなっていたのに対し『ザ・セル』では漂白され瞳も変色し、またダリが多用したモチーフの一つ「蟻」をあしらうアレンジがされている。とはいえ、ほぼローラ・パーマーに寄せて造形されている理由にはリンチの短編映画を認識しているというアリバイ的な意味だろう。


 わずか52秒のリンチの短編映画『Premonitions Following an Evil Deed』(95)には「水槽に入れられ溺死させられた女性」が登場する。これは『ザ・セル』を形作る骨子の直接的な源泉であろう。


 ちなみに、このリンチの短編はリュミエール兄弟が使った撮影カメラ「シネマトグラフ」を使用し「長さは52秒以下」「同時録音は不可」「3テイク以下に抑える」の条件でヴィム・ヴェンダース、スパイク・リー、ピーター・グリーナウェイら40名の監督が参加したオムニバス作品『キング・オブ・フィルム/巨匠たちの60秒』からの一編である。他の監督たちが条件をクリアするためにアート系の実験映画を作る中、一番実験映画を作ってきたリンチが明確に「劇映画」を作るという、奇妙な逆転が楽しい作品である。



ジョルジョ・デ・キリコ


 昏倒するスターガーの意識の中に入ったキャサリンは高い壁にむき出しになった階段を登る少年を見つける。この不思議な情景はジョルジョ・デ・キリコの描く、どこでもない風景を思わせる。


 デ・キリコは形而上的:概念としては説明できるが実在はしていない情景を描いたことで「形而上絵画派」の祖となり、シュルレアリスム運動へも多大な影響を与えている。意識の世界:形而上の世界を描く『ザ・セル』の情景はデ・キリコ的であるべきという判断であろう。



ダミアン・ハースト「ナチュラル・ヒストリー」シリーズ



 真っ白で硬質な部屋に似つかわしく無い美しい褐色の馬。その馬の影に隠れる少年が、近づいて来るキャサリンを不意に突き飛ばす。すると天井から複数のガラス板が落ち、馬をスライスしてしまう。これはイギリスの現代アーティスト、ダミアン・ハーストがホルマリン漬けの動物を展示した「ナチュラル・ヒストリー」シリーズの引用だ。


 「ナチュラル・ヒストリー」シリーズはサメや牛、シマウマなどをホルマリン漬けにした作品群で、それぞれ「生者の心における死の物理的不可能性」とか「私の頭の中で永遠に美しく」といった思わせぶりなタイトルがつけられている。そこから見えてくるのは死んだ後の動物をも支配しようとする人間の傲慢さだ。『ザ・セル』では殺した女性の死体を弄ぶスターガーの心象を表している。



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