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『JFK』仕組まれたバッシング、オリバー・ストーンが挑んだケネディ暗殺事件 中編

(C)2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

『JFK』仕組まれたバッシング、オリバー・ストーンが挑んだケネディ暗殺事件 中編

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現実と虚構を混在させた編集の魔力



 1991年7月末に撮影を終えた『JFK』がクリスマス・シーズンに公開できるかどうかは、膨大な編集作業を完了できるかどうかにかかっていた。この映画は一般的な劇映画に使用される35mmフィルムだけでなく、16mm、8mmフィルムも使用されており、編集作業は煩雑を極めた。インサートされる当時の記録映像も多く、それらを探し出す作業にも時間がかかった。


 編集を担当したのはジョー・ハッシングとピエトロ・スカリア。後に本作で第64回アカデミー賞編集賞を受賞するほど高い評価を得たが、実際、『JFK』と編集は切り離せない関係にある。


 冒頭から本作の編集は際立つ。ジョン・ウィリアムズ作曲の規則正しいリズムに合わせてケネディの大統領就任前から就任後にかけてのアメリカ社会が手際よく描かれる。音楽は途中で転調して不穏さに包まれ、社会情勢の変化と共にケネディに忍び寄る影が示唆される。そしてダラスに到着したケネディに最期の時間が近づく。このプロローグ部分の映像は、一見すると全て当時の映像の抜粋に思えるが、暗殺シーンでは再現したカットがかなり含まれている。それらを違和感なくつないでしまうところに本作の魔力がある。


 過去の記録映像を使用するときは、どの部分を使うかで作者の意図が反映されるが、その前後に意図を持って演出したカットを挿入することで、記録映像のカットが別の意味を間接的に持ち始める。もっとも、これは非常に際どい行為であり、『JFK』への「まるでプロパガンダ映画ではないか」という批判は、こうした編集に対しても向けられることになった。


 ストーンの編集方針は、タイプの異なる複数の編集担当者に任せた上で、互いに編集した素材を交換させてブラッシュアップを行うというものだった。もちろん全体の方針を指示するのはストーンだ。


『JFK』(C)2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.


 この時代はまだコンピュータを使用したデジタル編集ではなく、昔ながらのフィルム編集を行っていたが、ストーンは細かなカットを積み重ね、本物の記録映像と再現映像を絶妙に組み合わせようとしていた。そのためには、何度もつなぎ直してプレビューを行い、最も的確なモンタージュを見つけ出す作業が不可欠だった。しかし、異なるフォーマットで撮影された素材が大量にあるため、通常のフィルム編集では、そう簡単にシミュレーションできない。そこで、フィルムを全てビデオに変換し、フィルムよりも細かな編集を手早く行うことが可能なビデオ編集機で仮編集を行うことにした。


 ジョー・ハッシングは、本作のビデオ編集のメリットを『カッティング・エッジ 映画編集のすべて』(04)の中で、リー・ハーヴェイ・オズワルドが暗殺事件直後に映画館へ逃げ込むシーンを例に挙げ、通常のフィルム編集ではありえない方法を取ったことを語っている。


 暗殺事件発生後のオズワルドが、行き先も定めずやみくもに歩いているという描写なので、ストーンは「無秩序に編集してくれ」と頼んだという。そこでハッシングは常識的な編集手法で〈無秩序〉を表現し、翌日ストーンに見せた。しかし、彼は「もっと激しく」と求めてきた。そこで編集機のスイッチを両手でむちゃくちゃに押すことで、作為的なわざとらしさを排除し、映画の文法からは逸脱するような細かなモンタージュが生まれた。それを見たストーンは即座に採用した。


 着々と編集作業は進んでいたが、ワーナー・ブラザース側は12月に公開するのは不可能だと考えていた。実際、ストーンも1992年2月に公開を延期する考えがないわけではなかった。しかし、延期には大きな問題があった。もちろんアカデミー賞に食い込むためにはクリスマス・シーズンの公開を逃すわけにはいかなかったが、それ以上に公開が延期になると、編集についてワーナー・ブラザースから干渉が入る恐れがあった。


 すでに製作部長が途中まで編集されたものを見て、社内試写やスニークプレビューにかけて、その反応をもとに再編集すべきという意見を漏らし始めていた。当然ながらストーンはそれには応じずに、クリスマス公開を断固として死守することで、不要な意見に振り回されることを避ける道を選んだ。事実、ヒットが見込める年末公開が可能でさえあれば、ワーナー・ブラザースは内容へ干渉してくることはなかった。しかし、映画が完成に近づくと、再びマスコミからの批判記事が出始めた。やがて、それはオリバー・ストーンへの集中砲火となって、凄まじいバッシングを招くことになる。



後編はこちらから


前編はこちらから



【主な参考文献 ※本記事 前編・中編・後編 含む】

『JFK ケネディ暗殺の真相を迫って』(オリバー・ストーン、ザカリー・スクラ―他・著、中俣真知子、袴塚紀子・訳/キネマ旬報社)、『オリバー・ストーン 映画を爆弾に変えた男』(ジェームズ・リオーダン著、遠藤利国・訳/小学館)、『映画に必要なことはすべてベトナムの戦場で学んだ』(フレドリカ・ホーストマン・著、家田荘子・訳/メディアファクトリー)、『JFK ケネディ暗殺犯を追え』(ジム・ギャリソン・著、岩瀬孝雄・訳/ハヤカワ文庫)、『映画作家は語る』(デヴィッド・ブレスキン・著、柳下毅一郎・訳/大栄出版)、『JFK暗殺の真実 ケネディ解剖医、28年間の沈黙を破る!』(文藝春秋)、『映像の帝国 アメリカ・テレビ現代史』(サイマル出版会)、『キネマ旬報』『スクリーン』『シネ・フロント』『週刊文春』『週刊読売』『時の法令』『Asahi journal』『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『ニューヨーク・タイムズ』『JFK』劇場パンフレット https://www.nytimes.com/

https://www.washingtonpost.com/



文: モルモット吉田

1978年生。映画評論家。別名義に吉田伊知郎。『映画秘宝』『キネマ旬報』『映画芸術』『シナリオ』等に執筆。著書に『映画評論・入門!』(洋泉社)、共著に『映画監督、北野武。』(フィルムアート社)ほか



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