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『複製された男』の謎世界を読み解く。甘美なカオスに絡め取られる快楽。

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『複製された男』の謎世界を読み解く。甘美なカオスに絡め取られる快楽。

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『複製された男』あらすじ

大学の歴史講師アダム(ジェイク・ギレンホール)は、ある日同僚から1本のビデオを薦められる。応じるままに鑑賞した彼は、その映画の中に自分と瓜二つの端役の俳優を発見する。あまりのことに驚きを通り越し恐怖を感じたアダムは翌日から取り憑かれたようにその俳優を探し始める。アンソニーという名前を突き止め、気づかれないよう遠くから彼を監視するうちに、どうしても会って話がしたくなり遂にアンソニーに接触する。その週末二人は対面し、顔、声、体格に加え生年月日も同じ、更には後天的に出来た傷までもが同じ位置にあることを知る。どちらが“オリジナル”でどちらが“ダブル”なのか―、なぜ自分と全く同じ人間が存在するのか―。後戻りできない極限状況に陥った彼らは、それぞれの恋人と妻を巻き込みながら、想像を絶する運命をたどっていくのだった……。


Index


カオスとは未解読の秩序である



 これはドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作『複製された男』のエピグラフ(題辞)だ。ポルトガルのノーベル文学賞作家ジョゼ・サラマーゴによる原作の同名小説に基づく一文で(若干短縮されている)、邦訳(阿部孝次訳、彩流社刊)では「カオスとは解読すべき秩序である 『対立の書』より」と記されている。『対立の書』は架空の書物なので、この言葉はサラマーゴ自身による主題へのヒントあるいはガイドと考えていい。


 映画ファンにはフェルナンド・メイレレス監督・ジュリアン・ムーア主演『ブラインドネス』の原作者としても知られるサラマーゴは、語りと会話文が融合した独特の文体で物語を紡ぐ。登場人物たちがメタファーを用いて繰り広げる思索的な対話は哲学談義か禅問答のようで、表面上は確かにカオスに満ちている。


 スペイン人脚本家ハビエル・グヨンとヴィルヌーヴ監督は、原作の饒舌な会話劇を大胆に刈り込む一方で、作品のテーマを補強する要素を加え、映画ならではの愉楽に満ちた一級のサスペンスドラマに仕立てた。本稿では主に原作との違いを手がかりに、未見の方に配慮してぎりぎりネタバレにならない範囲で、考えうる4通りの作品解釈を展開してみたい。ただし、一切の情報をシャットダウンして映画をご覧になりたい方は、映画鑑賞後での閲覧をお勧めする。


『複製された男』予告



原作との重要な相違点



 この節では、原作小説と映画の相違点のうち、作品テーマに関わる重要なものを箇条書きで示していこう。


・主人公の歴史教員アダム(ジェイク・ギレンホール)が教える場所は、中学校から大学に変更された。それに伴い講義の難易度も上がり、「独裁者と支配の方法」「歴史は繰り返される」といった示唆的な内容になっている。


・もう一人の主人公はアダムと瓜二つの俳優アンソニー(ギレンホール二役)だが、その妻ヘレン(サラ・ガドン)は映画ではお腹の大きな妊婦。ヘレンは「妊娠6カ月」と語るが、それにしては臨月のように丸々と膨らんだ腹部である(意図的に嘘をついた可能性あり)。


・夢のシーンなどで繰り返される蜘蛛のイメージは、原作には登場しない(蜘蛛については後述)。小説で教員が嫌悪する対象として繰り返し言及されるのはアンコウだ。丸みを帯びた体とブヨブヨした感触が共通点だろうか。


・アンソニーが序盤で訪れる、セクシュアルな見せ物を供する秘密クラブは、映画独自の要素である。


・小説の舞台は、国が特定されない人口500万人の巨大都市だが、映画ではカナダ最大の都市トロント(人口約270万人)のランドマークであるCNタワーが映っている。



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