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『ラブレス』家族の崩壊を描いて世界を再構築するズビャギンツェフ監督の到達点

©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS

『ラブレス』家族の崩壊を描いて世界を再構築するズビャギンツェフ監督の到達点

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『ラブレス』あらすじ

一流企業で働くボリスと美容サロンを経営するジェーニャの夫婦。ふたりは離婚協議中で、家族で住んでいるマンションも売りに出そうとしている。言い争いのたえないふたりは、12歳の息子、アレクセイをどちらが引き取るのかで、激しい口論をしていた。アレクセイは耳をふさぎながら、両親が喧嘩する声を聞いている。


ボリスにはすでに妊娠中の若い恋人がいるが、上司は原理主義的な厳格なキリスト教徒で、離婚をすることはクビを意味していた。美容サロンのオーナーでもあるジェーニャにも、成人して留学中の娘を持つ、年上で裕福な恋人がいる。ジェーニャは恋人と体を重ね、母に愛されなかった子供時代のこと、そして自分も子供を愛せないのだと語る。「幸せになりたい。私はモンスター?」と尋ねる彼女に、恋人は「世界一素敵なモンスター」だと答える。ボリスもジェーニャも、一刻も早く新しい暮らしを始めたいと、そればかりを考えていた。


両親がデートで家を留守にするなか、息子が通う学校からアレクセイが2日間も登校していないという連絡が入る。自宅にやって来た警察は、反抗期だから数日後に戻るだろうと取り合ってくれず、ボリスとジェーニャは市民ボランティアに捜索を依頼する。夫婦とスタッフは、心当たりのある場所のひとつとしてジェーニャの母の家を訪ねるが、そこにはアレクセイの姿がないばかりか、彼女は別れて中絶しろと言った忠告を聞き入れなかった娘に自業自得だと、激高しながら告げるのだった。


帰りの車中で「結婚したのは母から逃げたかったから。あなたを利用したつもりが、家族を求めるあなたに利用された」と言い、中絶をすればよかったと後悔の念を口にするジェーニャ。捜索を続けるなか、アレクセイがチャットで話していた“基地”が、森の中の廃墟ビルの地下にあることが、クラスメイトの証言から判明する。夫婦と捜索隊は、その廃墟へと足を踏み入れるが……。


Index



 アンドレイ・ズビャギンツェフはソ連時代の1964年にシベリアで生まれ、現在54歳。初の長編監督作『父、帰る』(2003年)がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞と新人監督賞を受賞し、一躍世界の注目を集めた。そして、現在公開中の5作目『ラブレス』はズビャギンツェフ映画の集大成とも言われる。本稿ではそのフィルモグラフィーをたどりながら、『ラブレス』につながるモチーフや要素、象徴性や寓意を、監督のインタビューなども手がかりにしつつ論じてみたい。



『ラブレス』©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS


始めに家族ありき。『父、帰る』



 ロシア国立舞台芸術大学で学んだのち、10年近くほそぼそと俳優活動を続けていたズビャギンツェフに、監督になるチャンスをもたらしたのは、ロシアの民間テレビ局REN TVの共同創設者で映像プロデューサーのドミトリイ・レスネフスキー。レスネフスキーはズビャギンツェフにテレビドラマのエピソード3話を演出させたのち、『父、帰る』の初期脚本を渡して、長編映画を監督してみないかと持ちかける。


  IndieWireのインタビュー(英語)によると、当初の脚本は、父親の持つ箱が悪党に狙われるスリラー作品だったという。プロデューサーから改変の許しを得て、監督は「観客が時の経過を感じられるよう」7日間の区切りを加え、12年ぶりに帰ってきた父と息子2人との関係を軸とする家族のドラマを構成した。



『ラブレス』©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS


 ズビャギンツェフはまた、帰宅してベッドで眠る父を最初に映すショットでアンドレア・マンテーニャの絵画『死せるキリスト』を模倣するなど、「父=キリスト」のイメージを追加。英題『The Return』に直接対応するロシア語の原題は、「帰還」だけでなく「復活、生き返り」の意味も持つ。


 聖書に関して、父と2人の息子が登場する「放蕩息子のたとえ話」との類似点もある。親に財産の生前分与を求めて得た弟が旅立ち、放蕩の末に帰還した子を父は許すが、兄は不満に思う。一方の『父、帰る』では、戻ってきた父を兄アンドレイは受け入れるが、弟イワンは反発する。「たとえ話」における弟、父、兄の役割を組み換えて、『父、帰る』における父、兄、弟にそれぞれ割り当てたと考えられる。


 ほかにも、少年が湖に飛び込む行為で“洗礼”(大人への通過儀礼)をイメージさせるなど、さまざまな形で宗教的な含みを持たせることで、物語世界に深みを与えているのだ。


 海や湖といった〈水〉は、命の生まれる場所であると同時に、命が還るところ、根源的な死への恐怖とも結びつく。『父、帰る』を含め、ズビャギンツェフの長編すべてを手がけることになる撮影監督ミハイル・クリチマンによる、美しくも冷ややかな〈水〉の表現が、そんな印象を一層強める。以降の作品でも、『エレナの惑い』(2011年)のプール、『裁かれるは善人のみ』(2014年)の海、そして『ラブレス』の川など、いずれも〈水〉は不幸な出来事を予感させる場所として機能している。



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