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『エル ELLE』ユペール!ユペール!ユペール!イザベル・ユペールに呑み込まれる131分

(c) 2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP

『エル ELLE』ユペール!ユペール!ユペール!イザベル・ユペールに呑み込まれる131分

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『エル ELLE』あらすじ

新鋭ゲーム会社の社長を務めるミシェル(イザベル・ユペール)は、猫とふたりで暮らす瀟洒な自宅で覆面の男に襲われる。だが、ミシェルは警察にも通報せず、いつもと変わらぬ様子で、訪ねてきた息子のヴァンサン(ジョナ・ブロケ)を迎える。半年前まで定職にも就かず遊んでいた息子だが、恋人のジョジー(アリス・イザーズ)の妊娠をきっかけに、ファストフード店で働き始めた。しかし、そのジョジーは息子以上に常識はずれで、ミシェルは彼女の目的は自分の豊かな財産なのではないかと疑っていた。  翌朝、やはりいつもと変りなく出社したミシェルは、共同経営者で親友のアンナ(アンヌ・コンシニ)と、新作ゲームのプレビューに参加する。容赦なくダメ出しをするミシェルに、ゲームデザイナーのキュルトは激しく反発するが、自他ともに認めるワンマン社長のミシェルは耳を貸そうともしない。 


高級アパルトマンに暮らす母親(ジュディット・マーレ)に、生活費の小切手を届けに行ったミシェルは、母親の若い恋人と鉢合わせしてしまう。明らかに金銭目当ての男に、露骨にトゲトゲしい態度をとるミシェルは、母親に「私が再婚したら?」と訊ねられて、「母さんを殺す」と即答するのだった。 帰宅すると、まるで見張っていたかのようなタイミングで、送信者不明のメールが届く。さらに会社で残業中に、その時着ているブラウスの色を言い当てたメールを受け取る。どうやら犯人は、思いのほか近くにいるらしい。 ミシェルは、一人一人に疑惑の目を向けていく。まずは、会社の部下たち。彼女が目をかけているケヴィン以外は、全員が社長を「恨んでいる」とアンナからも指摘されていた。そして、元夫でヴァンサンの父親、売れない小説家のリシャール(シャルル・ベルリング)。今でも友人付き合いを続けてはいるが、ゲームの企画を持ち込んでミシェルに断られたことを逆恨みしているかもしれない。逆恨みと言えば、母親の恋人だって疑わしい。  また、向かいの家の主人パトリック(ロラン・ラフィット)とは日常的に挨拶を交わす仲だが、妙にセクシーな視線で見つめられている気がする。さらに、ミシェルには秘密の恋人がいるのだが、彼の妻にバレて非常事態になっていないとも限らない。  そうこうするうちに、相手は大胆な行動をとり始める。


女性が襲われるゲーム映像にミシェルの顔写真を貼りつけた動画を、ミシェルの会社のすべてのパソコンに送りつけてきたのだ。 そんな中、ミシェルの周囲に新たな不穏な空気が漂い始める。39年前、衝撃的な犯罪で終身刑となったミシェルの父親が仮釈放の申請をしたために、忘れられていた事件が再び掘り起こされ始めたのだ。当時、10歳だったミシェルも事件に関わっているのではないかと噂されたが、結局真実は迷宮入りとなった。その時の体験から2度と警察に関わりたくないミシェルは、自ら犯人を探し始める。だが、次第に明かされていくのは、事件の真相よりも恐ろしい彼女の本性だった──。


Index


    映画史上最も“共感できないヒロイン”の魅力



     常に挑発的な問題作を撮り続けてきた映画監督ポール・ヴァーホーヴェンが、フランスで最も果敢な大女優イザベル・ユペールと組んだ『エル ELLE』。自宅で侵入者にレイプされたヒロインが、およそ誰にも予想がつかない行動をとり続ける摩訶不思議なサスペンスであり、ヴァーホーヴェンの作品のほとんどがそうであるようにブラックコメディの側面を持つ。フランスのセザール賞の作品賞、主演女優賞を筆頭に数多くの映画賞を受賞している一方で、果たして不謹慎か否かで物議を醸している筋金入りの大問題作だ。


     本作における観客の好悪を一番左右するのは「主人公であるミシェルの人物像」にある。ミシェルはレイプ被害に遭った後も、決して警察に届けようとせず、それまでと変わらない日常を過ごす。自分が経営しているエロゲーム会社の指揮を執り、不甲斐ない中年息子の世話を焼き、面倒くさい母親の面倒を見て、複数の男性と性的関係を持つ。そして友人たちとのディナーの席で「私、レイプされたみたい」と茶飲み話のように持ち出すのだ。


     もちろんレイプの恐怖は彼女にも取り憑いていて、それがさらに取っ散らかった展開へと繋がっていくのだが、基本的にヴァーホーヴェンもユペールも、ミシェルという人物が「共感を呼ぶ」とは欠片も考えておらず、むしろ「まったく共感できない人物」にどこまで真実味を宿らせるかに意義を感じていた節がある。行動原理が理解できない人物を延々と見続けることをエキサイティングだと感じるか、不快に思うのかはもう観客ひとりひとりの問題だと言うほかない。


     この映画史上でも稀有なほど複雑にねじくれたヒロインを“わかった”つもりになることはできないが、ただ一貫しているのは、既存の価値観や大衆心理に対して、徹底的にアンチを貫いていること。ミシェルはレイプに遭ったからといって世間から被害者扱いされるつもりはなく、自分の奔放すぎる性癖にストッパーをかけるつもりもない。女性なら誰もが持っている母性愛すら否定してみせる。時に誰かを傷つけることがあることもわかっているが、それもまた人生の一部だと腹を括っているのだ。


     お手軽な倫理観などちゃんちゃら可笑しいとでも言いたげな究極の無頼であるミシェル。まったくタイプは違うが、筆者は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)でダニエル・デイ=ルイスが演じた石油王ダニエル・プレインビューを想起した。プレインビューもまたアンチヒーロー的な悪漢だが、世の中の偽善を嫌うが故に誰にも理解されない道を突き進むのだ。



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