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『山猫』ヴィスコンティの傑作を貫く並外れた“本物”の精神

『山猫』ヴィスコンティの傑作を貫く並外れた“本物”の精神

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全体の3分の1を占める舞踏会シーンに描かれしもの



 そんな主人公サリーナ公爵が、足を踏み入れる舞踏会。『山猫』といえば舞踏会と言われるほど、度肝を抜くほどの伝説的なシーンに仕上がっている。何しろ驚くべきはその長さだ。原作では400ページ中の40ページほどの文量なのだが、しかし映画版ではこれが全体の3分の1を誇る一大スペクタクルと化しているのだ。


 もちろんヴィスコンティのことなので、これらの撮影をセットでごまかすようなことはしない。そんな薄っぺらなことをすればスクリーンですぐに化けの皮が剥がれおちるのを彼がいちばんよく知っているから。


 使用したのは、本物の貴族の館。もちろん、柱や壁、それに天井の高さを変えるような自由は一切きかない。その巨大な容れ物の中に、20人の俳優と242人のエキストラ(その中の3分の1は本物の貴族)を招聘したという。さらに36日間に及んだ過酷な現場では、夏の暑さのため、夜間の20時から深夜4時まで撮影が行われた。膨大な衣装の準備や着付けなどはそれ以前に行われるし、ダンスのレッスンなども不可欠なので、現場は毎日がとにかく嵐のような状況だったようだ。




 高温なのに加えて、反射板の使用などでさらに現場の温度は上昇した。光源となった何千本という蝋燭が溶け出さないように、特別な薬品を加えて溶けにくくしたものを使用したという逸話まで聞こえてくる。熱気、額から流れる汗。床を舞う紙くず。鳴り止まぬ音楽。夜が白み始めてもなお続くダンス。とにかく全ての表現に息を飲み、時間も忘れて見入ってしまうひとときが広がる。


 そんな中で浮き彫りになるのは、舞踏会の群衆を縫うようにうごめくサリーナ公爵の姿だろう。この「一個人」と「群衆」との対比が、狂おしいほど際立って見えてくる。


 そこでは、時代の潮流の中で揺るがぬようにと自らを律しながらも、しかしその流れに押し出されるように静かな部屋へとたどり着き、眼にした一枚の絵に自らの死さえも予感するという、まるで状況と心象とが緩やかに像を結んでいくかのような映像詩が展開していく。その魂の彷徨いとでもいうべき過程が、ただただ圧巻なのである。


 先述の「ヴィスコンティ秀作集3」に収録されてあるヴィスコンティのインタビューを紐解くと、舞踏会シーンを「誇張とも言える時間的な拡大化」と表現している箇所がある。そして、一連の場面が本編の3分の1を占めるに至った理由として、「これは原作の変更ではなく、この素晴らしい本のページに含まれているさまざまな葛藤や、色彩や、価値や光景を象徴的に要約する観点から行われたのです」とある。


 なるほど、ヴィスコンティはむしろ原作に沿った形で忠実に描こうとした。その上で、彼が呼ぶところの「映画言語」を駆使してこの舞踏会シーンにあらゆるものを「集約」させているのだ。だからこそ、これほど圧倒されるのだろうか。人々が寄せては返す。集まっては離散する。渦から脱したかと思えば、また巻き込まれる。時代の流れは待ってなどくれない。




 幻想的な時間の流れの中で、かくも時代の激流、世代交代、生と死を描き、そしてふと立ち止まったサリーナ公爵が涙を拭う場面が胸に迫る。プルーストの「失われた時を求めて」を愛し、映画化すら熱望していたというヴィスコンティらしい、時間と記憶を流体化させた描写というべきか。この破格とも、繊細とも言える描き方が、50年以上が経過した今もなお一向に色あせることなく、我々の心を掴み続けるのである。今の世の中で、これほどの描写に出会うことは、もはやないだろう。



参考文献 

「ルキーノ・ヴィスコンティ」エスクァイア マガジン ジャパン/2006

「イタリア映画を読む」柳澤一博著/フィルムアート社/2001

「ルキノ・ヴィスコンティの肖像」キネマ旬報/2016

「ヴィスコンティ秀作集3 山猫」溝口廸夫訳/新書館/1981

「山猫」トマージ・ディ・ランペドゥーサ作/小林惺訳/2008



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。


作品情報を見る



『山猫 4K修復版』

2019年3月17日(日)より東京都写真美術館ホール他全国順次

配給:クレストインターナショナル

公式サイト:www.crest-inter.co.jp


※2019年3月記事掲載時の情報です。

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