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オスカー受賞作『イングリッシュ・ペイシェント』をめぐる幻のキャスティング。あのレジェンド俳優が出演するはずだった? 

(c)Photofest / Getty Images

オスカー受賞作『イングリッシュ・ペイシェント』をめぐる幻のキャスティング。あのレジェンド俳優が出演するはずだった? 

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幻となったレジェンド俳優のキャスティング



 若手俳優ばかりではない。実はこの時、ミンゲラは映画界のレジェンドとも言われる俳優を演出する可能性に接していた。あのショーン・コネリーの出演話が具体的に動き出していたのだ。担当エージェントにこの企画を勧められたコネリーは、目を通した脚本もたいそう気に入り、本作に本気で出たいと言ってくれた。それもカラバッジョ役を演じたいと思っていたようだ。


 もちろん俳優界のレジェンドなので、出演料もそれなりに高い。だが、彼は本当に出たいと思った作品ならば、ギャラの面で柔軟に対応する心意気も持ち合わせていた。実際、資金集めに苦労してやっとのことでスタートラインに漕ぎ着けた本作でも、快く交渉に応じてくれたという。


 だが、いよいよ条件がまとまるかと思われた矢先、とある問題が生じた。当初は4週間だった撮影スケジュールが倍に延び、コネリーの次の作品に支障をきたすことが判明したのだ。彼の出演作と撮影期間をチェックしてみると、95年の10月末から『ザ・ロック』(96)の撮影が始まっており、おそらくこの契約のために最終的な合意ができなかったのだろう。このことをコネリー自身も悔やんでいたそうで、後日、プロデューサーと会った際に、開口一番に「『イングリッシュ・ペイシェント』は素晴らしい作品だったよ。どれだけ出演したいと願ったことか」と熱く語ってくれたという。


 結局、ミンゲラとコネリーが一緒に仕事する話は幻となって消えた。


 が、その代わりと言っては何だが、コネリーは後に、本作の主役レイフ・ファインズと『アベンジャーズ』(98)(マーベル映画ではなく、60年代に人気を博したTVシリーズ「おしゃれ(秘)探偵」の映画版)にて共演を果たしている。


 本作でファインズは古風な英国紳士の格好でユマ・サーマンと共に悪のボスに戦いを挑む。この悪役を演じたのが他でもないコネリーだった。皮肉なことにこの映画は関わったすべての人の「黒歴史」と言われるほどの酷評にさらされたわけだが、これを含め90年代に入って低評価作への出演が相次いだことは、コネリーが俳優引退へ向かう一因となったと言われる。


 果たして彼が『イングリッシュ・ペイシェント』に出ていたならば、もうすこし俳優を続けてみたいと思っただろうか。それともオスカー受賞を有終の美と捉えて、かえって引退を早めただろうか。


 言うまでもなくウィレム・デフォーのカラバッジョ役は文句なく素晴らしい出来だった。が、いざこういう逸話を耳にすると、コネリーが出演するバージョンも見てみたかった気がする。何よりも、アンソニー・ミンゲラがコネリーを演出する姿を、そうやって二人が歴史に残る化学反応を巻き起こす様を、一度見てみたかった。そう考える映画ファンは案外多いのではないだろうか。



<参考資料・URL>

イギリス人の患者」マイケル・オンダーチェ(土屋政雄訳、新潮社、1996)

イングリッシュ・ペイシェント」アンソニー・ミンゲラ(浅見淳子訳、青山出版社、1997)

イングリッシュ・ペイシェント」(blu-ray)メイキング、インタビュー、音声解説

https://www.theguardian.com/film/2016/apr/20/how-we-made-the-english-patient-kristin-scott-thomas-gabriel-yared-walter-murch

https://www.hollywoodreporter.com/news/rome-film-fest-english-patient-940700



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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