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アルフレッド・ヒッチコック、ハリウッド進出第二弾『海外特派員』の尋常ではない面白さ

(c)1940 STUDIOCANAL

アルフレッド・ヒッチコック、ハリウッド進出第二弾『海外特派員』の尋常ではない面白さ

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画期的なアイディアと手法を取り入れた3つのシーン



 本編には絶対に見逃せない名シーンが3つある。まずは雨が降りしきる中、アムステルダムの会議場前で老政治家が暗殺される場面。怪しげなカメラマンが歩み寄りフラッシュを焚くのと同時に拳銃をぶっ放す。ここで異変に気付いた新聞記者が犯人を追うくだりを「俯瞰」で描くのだが、ひしめき合う群衆の雨傘が、逃げる者、追う者という二つの波紋となってザワザワと揺れる絵作りが実に忘れがたい像を結ぶ。


 次に挙げたいのが、風車群のシーン。ここで風向きとは逆に回転する風車を見つけた主人公が中を覗くと、そこはスパイ集団のアジトになっているという筋書きだ。ヒッチコックは「オランダと言えば?」との発想からまずは「風車だ!」と思いつきこの場面を着想したのだとか。書籍「映画術」で彼は、「もしも本作がカラーだったなら、真っ赤なチューリップを用いて鮮血が飛び散る殺人シーンを描けたはず」(p.124)とも語っている。



伝説となった墜落シーンはどのように撮られたのか?



 さらに白眉なのは本作の最大の見せ場、飛行機の墜落だ。筆者はこの一連のシーンが他の映画作品2、3本分に値するほどの劇的価値を有していると確信してやまない。では何が凄いのか? まずは上空を飛行中の旅客機にカメラがじわりと近づき、窓越しに内部の様子を覗いたかと思うと、ふっと窓をすり抜けてワンカット(であるかのように)で客室へと入り込んでいく。スタイリッシュな映画で、今なお用いられそうな非常に画期的な手法だ。


 そこから客室内でも幾つかのドラマが巻き起こるのだが、やがて海上のドイツ軍が機体に向けて無情にも砲撃をはじめ、機内はパニック状態へと突入。挙げ句の果てには動力部が損傷を受け、必死の操縦もむなしく、機体は真っ逆さまに海へ突っ込んでいく。その光景を本作は尋常でないボルテージで描き出すのである。これが本当に凄い。操縦室からの目線のまま、ぐんぐんと海面が迫ってきて、凄まじい衝撃と共に水がフロントガラスを突き破って勢いよく流れ込んでくる。本当に一瞬の出来事なので、いったい何が起こったのか、どのように撮影したのか把握しきれないほどだ。



『海外特派員』(c)1940 STUDIOCANAL


 書籍「映画術」にはこの墜落シーンに関する記述がある。それによると、この場面は何ら合成などの特殊技術を加えることなく、なんとワン・カットで撮られたそうだ。


 順を追って見てみよう。まずは操縦室のセットで役者たちを配置につかせる。そうして眼下の海に相当する部分には紙製のスクリーンを設置して、迫り来る海面の様子を克明に映し出す。


 そのスクリーンの背後には水槽が用意してあり、いざ機体が頭から海中に突っ込んでいく刹那、押しボタン一つで、水槽内のおびただしい量の水がスクリーンを突き破って勢いよくこちら側になだれ込んでくる仕組みになっている。


 俳優らがいる中での撮影なのだから、かなりの危険を伴ったはずだ。うまく水がスクリーンを突き破ってくれるかどうかも一か八かの賭けだったに違いない。ほんの一瞬の、しかし映画のクオリティを左右するほどの決定的瞬間をこれほどの熱量で描こうとするところに、ヒッチコックという人間の途方もないバイタリティと創造性を垣間見ることができる。本当に何十回、何百回と見ても一向に飽きることのない素晴らしい場面だ。



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