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鬼才ラース・フォン・トリアー『ハウス・ジャック・ビルト』が描く、超過激な向こう側の世界※注!ネタバレ含みます。

(c)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN

鬼才ラース・フォン・トリアー『ハウス・ジャック・ビルト』が描く、超過激な向こう側の世界※注!ネタバレ含みます。

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追放されてもなお、地獄の果てまで歩み続ける映画監督



 なぜ、ダンテであり、神曲だったのか。トリアー監督の気まぐれだろうか。あるいは、世紀の大傑作に対する恐れ知らずの冒涜か。確かにその両方ともありうる。もしくは、ここにあまり重きを置きすぎると、うっかり全体像を見失うことになりかねないのかもしれない。


 だが、筆者の興味が少なからずここに釘付けにされたのには理由がある。それは、ダンテとトリアーの人生がともに「追放されし者」という点で結ばれていたからだ。


 信仰に厚く、使命感にも溢れ、市政の要職まで務めたダンテだが、14世紀初頭のフィレンツェにおける過酷な勢力争いの果て、彼はふとしたことで欠席裁判にかけられ、「この地に再び足を踏み入れたなら、火あぶりの刑に処す」とのお達しを受けてしまう。事実上の“永久追放”である。そこから過酷かつ屈辱的な流浪生活が始まり、ダンテは自分を裏切った多くの者達を恨み、嘆き、悲しみながらも、いつしかその思いを昇華させるかのように「神曲」を始めとする数々の名作を生み出した。



『ハウス・ジャック・ビルト』(c)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN


 翻って、ラース・フォン・トリアーもまた、カンヌ映画祭での世間を揺るがす問題発言をめぐって「persona non grata(好ましからざる人物)」という烙印を押され、事実上、同映画祭からの追放処分となった身である。


 当時、出品中の作品『メランコリア』(11)が高く評価されていただけに、さぞや天国から地獄へ突き落とされたかのような辛酸を味わったことだろう。それでもなお、映画作りを続けた彼の心境は、進むも地獄、戻るも地獄。とどまるも地獄。まさに劇中の「ダンテの小舟」に象徴される永遠のような一瞬だったのではないだろうか。


 もしかすると本作は、単なる過激な問題作である以上に、むしろトリアーの映画や芸術、いやもっと原初的な“表現すること”に対する実直、かつ愚直な思いを綴った一作なのかもしれない。


 そんな純粋な思いが通じたのか、ラース・フォン・トリアーは本作で久方ぶりのカンヌ映画祭への復帰を許された。その結果、嫌悪と熱狂という二つの渦を巻き起こしたことはすでに書いたが、ひとたび地獄を巡りめぐった彼が、この先どのような境地へ踏み出していくのか、怖いながらも、やはり気になってしょうがない。彼のような特殊な映画作家は世界中どこを探したっていないのだから。忌み嫌われながらも、愛されるトリアーは、やはり人の心に土足で踏み入り、胸の内側をゾワゾワさせる天才なのだ。



参考文献

神曲 地獄篇」ダンテ・アリギエーリ(寿岳文章訳 集英社/2003)



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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『ハウス・ジャック・ビルト』

2019年6月14日(金)新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国公開

公式サイト: http://housejackbuilt.jp/

(c)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN


※2019年6月記事掲載時の情報です。

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