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ヒッチコックの『鳥』が映画史に輝く3つの理由 ※ネタバレ注意

(C) 1963 Alfred J. Hitchcock Productions, Inc. All Rights Reserved.

ヒッチコックの『鳥』が映画史に輝く3つの理由 ※ネタバレ注意

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鳥たちの理由なき襲来と、綿密に描きこまれた人間ドラマ



 ヒッチコックがまず取りかかったのは綿密な脚本、そして絵コンテの構築だった。小説と映画は別物とよく言われるが、本作のストーリーも原作から大きく外れ、ほぼ独自路線をたどっている。後年、『鳥』に影響を受けたB級パニック映画が大量に製作されるものの、やはり歴史に名を残す本作は、まず脚本からしてレベルが違う。


 とりわけ意表をつかれるのは、本作の冒頭がまるでスクリューボール・コメディ風の男女の出会いから始まるところだろう。彼らが鳥類専門のペットショップで「ラブバード(ボタンインコ)」を軽妙なやりとりを交わし、またそれがきっかけとなってグッと距離を縮めていくあたり、もはやこの数十分後に鳥の襲撃が控えていることが想像できないほどだ。


 当然、ここにはヒッチコックと脚本家の周到な狙いがあるわけで、上質なコメディの雰囲気がいきなり地獄絵図へ転じていく様は、サディスティックなまでに急降下するジェットコースターにも似ている。一方、これだけの荒業を見せておきながら、作品を織り成す人間模様が極めて丁寧に展開していくところも、きちんと押さえておかねばなるまい。



『鳥』(C) 1963 Alfred J. Hitchcock Productions, Inc. All Rights Reserved.  


 男性を追いかけて港町へたどり着くヒロイン。そこには、かつて同じ男を追いかけて町へやってきて、そのままここに住み着いてしまったワケありの女教師もいる。今は恋の始まりに心ときめかせるヒロインも、いつかはこの女教師と同じ運命を辿るかもしれないという示唆が、そこにはほのかに滲んでいる。


 さらに男性の母親は、我が子を奪われまいとして、息子へ言い寄る女性たちにことさら厳しい目を向ける。これが『サイコ』の次の作品であることから、公開当時、母と息子という要素にゾッとする感覚を覚えた人も少なくなかったろう。


 かくも先ほどまでコメディムードたっぷりだった物語には暗雲が立ち込め、鳥たちはこういった人間関係をめぐるメタファーでもあるかのように、いつしか辺りを不気味な羽音で満たしていくのである。


 そうやって鳥の大群が急襲し、人間たちが狭い屋内へと追いやられる中、常に「ラブバード」がささやかな象徴であり続けるのが印象的だ。ヒッチコックに言わせるとこの鳥には「愛はあらゆる試練を乗り越えて生き延びる」(*2)という意味合いが込められているのだとか。単なるパニック物に見えて、実はしっかりとした「愛の映画」なのだ。


 ただし、ここまで綿密に描きこまれたストーリーでありながら、本作には一つだけ大きな空白がある。「鳥たちが襲ってくる理由」が一向に描かれないのである。


 実はこの「理由」については、人間への復讐なのか、それとも疫病、はたまたオカルトっぽい顛末に至るまでの様々な可能性が検討された。そして最終的に導き出されたのは「理由はいらない」という結論だった。


 人は誰もが結論や理由に飛びつきがちだ。答えが得られないと心に不安が生じ、それらは映画が終わってもいつまでも観客の体に留まり続ける。もしかするとヒッチコックはそうやって映画の恐怖や衝撃がずっと続いていく効果を狙ったのかもしれない。


*2 「定本 映画術」P.296より引用



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