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『バロン』大失敗作なんかじゃない! 苦難を越えて辿り着いたテリー・ギリアム監督作の芸術性とは?

(c)1989 Columbia Pictures Industries, Inc.ALL

『バロン』大失敗作なんかじゃない! 苦難を越えて辿り着いたテリー・ギリアム監督作の芸術性とは?

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驚かされるばかりのイマジネーションの豊かさ 



 数字だけで見るならば、それは確かに壮大なる失敗作だ。筆者が学生時代に初めてビデオ鑑賞した時も、店頭には確か「史上最大の失敗作」という文言が踊っており、それに引きずられて観たこともあって、当時の僕にはこの映画のあらゆる芸術的な試みがすべて冷笑の対象のように見えた。今考えると、これは映画に対してとても失礼な見方だったと思う。


 けれど今、そういった先入観から綺麗さっぱり解放された上で本編に臨むと、これがとてつもなく素晴らしいファンタジー大作であることに愕然とさせられるのである。



『バロン』(c)1989 Columbia Pictures Industries, Inc.ALL


 まずもって、仕掛け絵本をめくるかのような楽しさがいたるところに散りばめられ、1秒たりとも飽きさせない。それに、初鑑賞時には少々分かりにくかった本作のテーマ性も、完成から今日までの30年の歴史の流れを折り重ねると、よりパワフルなメッセージを伴って心に響いてくる。これは単なる狂騒的な映画などではない。たとえ世界に戦争や紛争の暗雲が立ち込めようとも、想像することの素晴らしさ、何かを信じることの尊さを決して忘れまいとする映画なのだ。


 これを愛娘のために作ったということは、つまりミュンヒハウゼンの冒険は“語り部”としての父=ギリアムの生き様を投影したものであり、それはそのまま、彼がのちに人生を賭けて没頭することになる「ドン・キホーテ」の前身として解釈することもできよう。


 加えて、ギリアムは「何かと戦い続けること」によって真価を発揮する人でもある。巨大なゴリアテに投石で対抗するダビデのごとく、常識、風習、ルール、絶対的な権力を持つスタジオといったあらゆるものに対して真っ向から戦いを挑もうとする。



『バロン』(c)1989 Columbia Pictures Industries, Inc.ALL


 そうやって幾多もの壁に挑み、限られた条件の下でベストな答えを掴み取ろうと必死に手を伸ばす姿はさすがだし、乗り越えた分だけ映画の強度がグンと増すところも素晴らしい。


 この『バロン』も然り。舞台裏でトラブル続きだったとは思えないほど、完成した本編には圧倒的なテンションと、資金の不足をものともしないイマジネーションの渦がうねっていて、ゼロから何かを生み出そうとする力には本当にあっけにとられるほど感動させられる。もしもまだ「失敗作」とみなしている人がいたなら、ぜひ改めてニュートラルな視点で見直して頂きたいものだ。大人になればなるほど、この戦い続ける姿勢には涙が出るほど胸揺さぶられるはずだから。



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