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『ボーダー 二つの世界』踏み込めば戻れない――常識の向こう側から手招きする“異界”

(c)Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018

『ボーダー 二つの世界』踏み込めば戻れない――常識の向こう側から手招きする“異界”

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観る者の感性と結びつき、“完成”する映画



 スウェーデンの税関に勤めるティーナ(エヴァ・メランデル)は、“罪のにおい”を嗅ぎ分ける特殊な能力の持ち主。純粋で聡明な女性だが、人とは違う容姿が災いし、孤独な人生を送っていた。ある日、彼女は怪しげな旅行者ヴォーレ(エーロ・ミロノフ)と出会い、本能的に惹かれるものを感じる。宿泊先を探すヴォーレに自宅の離れを貸したティーナは、彼との交流の中で心が解放されていくが……。


 複雑怪奇なヴェールに包まれた『ボーダー 二つの世界』は、端的にいうと自我の物語だ。ティーナという社会から弾かれた女性が、自らのルーツを知ることで潜在的に抱えていた違和感を解消し、自らの意志で属する場所を決めていく。主人公に自我が芽生え、「自立」へと繋がるプロセスを110分かけて描く、広義の「自分探し」映画ともいえる。


 その本筋に、サスペンス、ラブストーリー、ファンタジー、ミステリーといった要素が絡み合い、『ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者らしい怪奇性、『シェイプ・オブ・ウォーター』にも共通する「マイノリティの自立」といったテーマ、さらに社会構造に対する問いかけもはらんだ重層的な構造になっている。そのどれにも偏ることなく、かといって何が欠けてもこの物語は成立しない。それぞれの素材が、不思議なバランスで構成されている。



『ボーダー 二つの世界』(c)Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018


 例えるならば、映画という“皿”の上に多様な“料理”が盛り付けられたオードブルのような印象だ。1つひとつが「個」として存在し、固有の「風味」を有しているが、色調や栄養バランスを考えて配置されており、集合体として1つの完成形を保っている。


 どこから、どの順番で食べても良い。最適解に近いものは存在しつつも、この映画から何をくみ取るのか、また何を中核に据えるのかは観客の手に委ねられているようにも思える。ティーナ自身が己の居場所を選び取るように、私たちも心の置き所を自分の意志で決めていく――そのような作業が必要になる作品だ。


 もっとも、これらの“作業”は強制的に課せられるわけではなく、あくまで「人によって感じ方が異なる」ということ。例えば『テルマ』(17)や『RAW~少女のめざめ~』(16)は本作と同じくヒロインが自分のルーツに迫っていく映画だが、一方でホラー、ミステリー、LGBTQ、ラブストーリー、ゴアと多様なエッセンスを内包しており、どこに重きを置くかは観る者によって変化する。


『RAW~少女のめざめ~』予告


 『RAW~少女のめざめ~』をカニバリズム映画と思う人も、ラブストーリーだと思う人も、どちらも正しい。『ボーダー 二つの世界』における「自我の芽生え」というテーマもまた、あくまで基本軸に過ぎず、各々の感性と混ざり合うことで観客1人ひとりの中で“完成”していく。感性、つまり我々それぞれが「私」である核――を目覚めさせる映画でもあるのだ。



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