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【ミニシアター再訪】第26回 渋谷系の流行、ミニシアターの熱い夏・・・その3 渋谷の先駆的なミニシアター、シネセゾン渋谷

【ミニシアター再訪】第26回 渋谷系の流行、ミニシアターの熱い夏・・・その3 渋谷の先駆的なミニシアター、シネセゾン渋谷

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リュック・ベッソン・ブーム



 当時のミニシアターはオピニオン・リーダーたちが自分の思い通りの絵を描けるキャンバスで、その自由な雰囲気を若い観客たちも楽しんでいたのだろう。 


 こうした60年代感覚の作品だけではなく、リュック・ベッソン監督の『グラン・ブルー』も、また、この劇場が生み出したリバイバルの成功作だ。前述の日本ヘラルド映画の高須プロデューサーとエディターの石熊勝巳が組み、リバイバル上映が92年に実現した。 


 こちらは88年に英語版で上映された『グレート・ブルー』のフランス語版。英語版は2時間だったが、フランス語版には49分が追加され、以前とはかなり違う印象の作品になっている。 


 主人公は潜水の魅力にとりつかれたふたりのフランス人の男たち(ジャン=マルク・バール、ジャン・レノ)で、空気ボンベなしで100メートル以上潜れる実在のダイバー、ジャック・マイヨールが主人公のモデルとなっている。 


 フランス語版では、彼とアメリカ人の女性(当時、人気のあったハリウッドのキュートな女優、ロザンナ・アークエット)との恋愛に焦点を当てることで、男と女の恋愛観の違いが浮き彫りにされていく。 


 初日の前日(6月19日)、『朝日新聞』に掲載された新聞広告のキャッチコピーは「6・20・グラン・ブルー(グレイト・ブルー/完全版)還る」。人気シンガーソングライターの松任谷由実がコメントを寄せている。 


 「すべてを受けとめて男を海に行かせてあげるヒロイン。そんな愛のかたちもあるんですね」 


 白字にイルカの絵を使ったすっきりしたデザインだが、シンプルだからこそ、目立つ広告となっている。 


 88年の英語版は日本での興業は不発だったが、リバイバルは大ヒットとなった。平野元支配人はこの映画の成功について振り返る。 


 「あの頃はリュック・ベッソンも、それほどメジャーではなかったんですが、心にしみる作品ということでヒットしたのでしょう。約3時間の映画で1日3回でしたが、いつも満席でした。当時は座席指定がなかったので、あふれてしまった観客たちは次の回を見るために3時間近く階段に並んでいました。6階から1階まで列が続いたこともあります。今から考えると不親切でしたが、当時の観客たちはドキドキわくわくしながら、次の回を待っていたようです」 


 この時、1冊1000円のプログラムもよく売れたそうだ。 


 「大判のプログラムを作り、ポスターもほとんど日本語がないものを作ったら、飛ぶように売れました。今は観客の10%がプログラムを買ってくれればいいほうで、あの当時でもふだんは30%ぐらいの売上げでしたが、『グラン・ブルー』に関しては2人に1人くらい買っていました。また、パンフレットに雑誌のようなエディターを立てることで、従来の映画会社が作るものとは違ってビジュアルもかっこよかったです。お客様もこれまで映画館に来ていたカップルだけではなく、いわゆるクリエイターというか、カタカナ職業と呼ばれた人々も来ていました」 


 シネセゾン渋谷では5週間の上映だったが、その後は歌舞伎町東映、下高井戸シネマ、シネスイッチ銀座など、さまざまな劇場をまわり、都内でロングランとなる。 


 この時、確立されたリュック・ベッソン人気が96年10月公開の『レオン/完全版』(94)の公開につながり、本興行で17週のロングラン。シネセゾン渋谷の歴代動員数ナンバーワンの記録となった。 


 歴代の動員数記録を振り返ってみると、浅野忠信主演の映画がトップテン内に3本も入っていて、『PARTY7』は3位(19週上映)、『PiCNiC』(96) と『FRIED DRAGON FISH THOMAS EARWING'S AROWANA』(96)の2本立ては6位(14週上映)、『鮫肌男と桃尻女』(98)は10位(12週上映)という成績。こうした作品を手がけた石井克人や岩井俊二といった90年代の新鋭監督のチャレンジのための劇場にもなっている。 


 洋画はペドロ・アルモドヴァル監督の代表作の一本、『オール・アバウト・マイ・マザー』(98)が18週上映で歴代2位、『蜘蛛女のキス』が15週で4位、『es[エス]』(01)が18週上映で5位、コーエン兄弟の『オー・ブラザー!』(00)が15週で9位。他には『さよなら子供たち』、『エレファント』(03)、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(98)、『オースティン・パワーズ』(97)等が20位内に入っている。 


 レイトショー上映は90年代のジャン=リュック・ゴダール監督のリバイバル作品の興行が好調で、『ワン・プラス・ワン』(68)が12週上映で6位、『勝手に逃げろ/人生』(79)が12週上映で10位。ベスト20位内に6本ものゴダール作品がひしめく。 


 こうして上映作品を振り返ると、クオリティが高いものが多いが、どこか路線がバラバラな印象も否めない。 


 オープン当初はシネセゾンが自社の配給作品を中心にかけていたが、途中で東宝のチェーン系映画館としても使われ、やがては東京テアトルが番組編成することで、劇場にかけられる作品傾向が時代ごとに変わっていった。 


 この劇場の最後の支配人となった東京テアトルの野崎千夏さんと広報部の高原太郎課長に取材した時、「渋谷の観客層は若いので、そういう人に向けて発信していました。観客が好む傾向が変わっていき、最後はかつての文化的な作品ではなく、娯楽性やストーリーテリングを重視した分かりやすい作品にシフトしていきました」とふたりは口をそろえて語っていた。 


 閉館作品はロバート・ダウニー・ジュニア主演のコメディ『デュー・デート/出産まであと5日! 史上最悪のアメリカ横断』(10)で、オープニング作品がフェリーニのアート系作品であったことを考えるとかなりの変貌ぶりだ。 


 そんな中、個性的なエディターやクリエイターをオピニオン・リーダーに立てた90年代のリバイバル上映には、映画が音楽やファッションと幸福な形で結びついていた時代の渋谷らしいパワーがあり、シネセゾン渋谷のレイトショーの興行史にも大きな足跡を残している。 


(次回はPARCOの新しい挑戦、シネクイントが登場。空前のヴィンセント・ギャロ・ブームを追う)



◉かつてシネセゾン渋谷が在ったところは、演劇、寄席などの劇場へと変ぼうした。



前回:【ミニシアター再訪】第25回 渋谷系の流行、ミニシアターの熱い夏・・・その2 『トレインスポッティング』とシネマライズの季節

次回:【ミニシアター再訪】第27回 渋谷系の流行、ミニシアターの熱い夏・・・その4  

 

文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書にウディ・アレンの評伝本「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



※本記事は、2013年~2014年の間、芸術新聞社運営のWEBサイトにて連載されていた記事です。今回、大森さわこ様と株式会社芸術新聞社様の許可をいただき転載させていただいております。なお、「ミニシアター再訪」は大幅加筆し、新取材も加え、21年にアルテス・パブリッシングより単行本化が予定されています。

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