音と映像の新しい空間が生まれた
現実の街には記憶を呼び起こすものが、もはや存在していないことに気づき、古い新聞記事をたどり直してみる。1983年11月18日の「朝日新聞」には一面の3分の2を使った大きな広告が出ていた。
「今日11:00am.オープン。音と映像の新しい空間、WAVE。ROPPONGI・SEIBU」
広告文を引用すると――「ウェイヴは、まったく新しい考えで創られた音と映像のための空間です。〔中略〕ウェイヴはさまざまな音と映像の情報を発進〔ママ〕する都市の基地です。同時に都市のひとびとが、自分の波長を創る〔ための〕静かな波止場です」(※〔 〕は編注)
このビルは7階建てで、3つのパートに分かれていた。地下1階がミニシアターのシネ・ヴィヴァン・六本木、1階から4階が世界中の音楽を集めたレコードショップのディスクポート、5階から7階が録音やコンピューター・グラフィックスのためのスタジオである。
新聞の「東京23区」面には「音と映像の殿堂オープン」の記事があり、「目を引く異色の外観」との見出しが打たれている。
「ダークグレー、窓のないブラックボックスのようなビルは、きらびやかな六本木の街に溶け込むか。〔中略〕『暴力的な音、ネオンのはんらんを吸収して存在感を主張した』とか」
こうして時の向こう側から、かつての建物の姿が浮かび上がる。
そのダーググレイのビルには異物感があった。高級クラブやおしゃれなカフェバー、ディスコなど風俗系の店が多かった六本木に、それは突如として出現した知的なカルチャー・ビル。なんだか宇宙からやってきた不思議な物体に思えたものだ。とりすました雰囲気もあり、最初は近寄りがたいが、いったん中に入るとクセになる不思議な魔力もあった。
近年の複合ビルの場合、ファッションや食が中心だが、WAVEはあくまでも音と映像だけが売りのカルチャー・ビル。こういう知的なイメージだけで統一したビルは、その頃、他になかった。
◉1983年11月18日の『朝日新聞』朝刊(東京版)に掲載されたWAVEオープンの10段広告(縮刷版コピー)
◉同じ『朝日新聞』の東京23区面に掲載された記事。キャプションには「音と映像を売る『WAVE』ビル」と書かれている