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【ミニシアター再訪】第9回 “渋谷劇場”の幕開け、ミニシアターの開花・・・その4 好奇心をくすぐるユーロスペース 前編

【ミニシアター再訪】第9回 “渋谷劇場”の幕開け、ミニシアターの開花・・・その4 好奇心をくすぐるユーロスペース 前編

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過激な洋画に救いの手を



 それまでのユーロスペースは映画以外のイベントも行っていたが、85年6月から映画だけを上映する常設館となる。その記念すべき最初の作品となったのが、デヴィッド・クローネンバーグ監督の『ヴィデオドローム』(82)である。カナダが生んだ異才、クローネンバーグは、(日本では)80年代半ばまで一般には認知されていなかった。


 『ヴィデオドローム』の最初の上映権を持っていたのは、日本のメジャー系洋画会社だったが、過激すぎる内容ゆえ、公開が見送られていた。


 主人公はポルノ映画を上映するケーブル・テレビの社長(ジェームズ・ウッズ)で、彼はヴィデオドロームと呼ばれる危険な内容の番組にのめり込み、やがては殺人事件へと巻き込まれる。


 視聴率競争のため、過剰な番組作りへとエスカレートしていく当時のメディアを風刺した内容でもあった。作品の奥には知的な哲学性が潜んでいるが、表向きはエログロの要素がたっぷり。暴力シーンやSMセックスなど、(監督好みの)グロテスクな表現も盛り込まれる。


 ユーロはそんな過激な映画を常設館としての第1回作品(配給も担当)に選んだ。それというのも、アメリカの輸入ビデオが日本のマニアの間でひそかな人気を呼んでいたからだ(かつて渋谷に輸入ビデオも扱うレンタル店があり、私も最初はノースーパーの画質の悪いアメリカ版ビデオで見た)。


 「当時、ホラーやSF映画のジャンルが日本でも人気があったので、堀越社長や山崎さんも、これは“くるかな”と思ったのでしょう。ただ、本音をいうと、興行に関して内心では心配していたようですが……」と北條支配人は苦笑する。


 ユーロの大胆な賭けは吉と出る。このアクの強い作品は、本国より3年遅れで上映され、15週間のロングランとなった。最終的には、1万4,000人を動員、1,700万円の興収を上げた。


 ただ、ヒットしたといっても、75席の小さな劇場での出来事。しかも、会社が興行組合に入っていなかったせいか、あくまでも自主上映の扱いとなり、某洋画雑誌ベストテンでは正式公開リストに含まれず、投票できなかった(すごい映画だったのに……)。


 それから2年後の87年6月。今度はクローネンバーグが『ヴィデオドローム』の後に撮った『デッドゾーン』(83)を上映。この作品も行き場を失っていたからだ。


 『デッドゾーン』は85年(5~6月)に渋谷のパンテオンという大劇場で行われた第1回TAKARAファンタスティック映画祭で初めて上映。クローネンバーグ監督も初来日を果たして、マニアの間で話題を呼んだが、その後、公開のメドがたたず、再びユーロが受け皿となった(配給は東北新社)。






◉TAKARAファンタスティック映画祭のパンフレットに掲載された若かりしクローネンバーグのインタビュー(上)と、『デッドゾーン』公開時の劇場パンフレット(下)。主人公の演じるクリストファー・ウォーケンの悲しげな表情が忘れがたい。


 『デッドゾーン』の原作は当時、最も人気の高かった売れっ子ホラー作家のスティーヴン・キング。そんな彼の最高傑作のひとつといわれる。主演は『ディア・ハンター』(78)でアカデミー賞を受賞していた人気男優のクリストファー・ウォーケン。『ヴィデオドローム』と比べると、抑制のきいた内省的な作品だが、大劇場でかけるには渋すぎるし、ミニシアターでかけるには商業的すぎる。どちらからも敬遠される立ち位置だったのだろう。


 主人公は小さな町で平凡な人生を送る国語の教師(クリストファー・ウォーケン)で、ある夜、交通事故に遭い、昏睡状態となる。5年後に目覚めた彼は、未来を透視できる不思議な能力を身につけているが、そんな特殊能力とひきかえに、最愛の恋人を失う。


 映画の中心にあるのは人生のやるせない喪失感で、アウトサイダーとなった男の痛ましい内面の葛藤が描かれる。また、風刺的に登場する政治家の裏の顔にもぞっとさせられる(現代の政治家にも通じる皮肉な描写だ)。


 この作品について北條さんは振り返る。


 「ファンタスティック映画祭で見て以来、上映したいという気持ちがあり、最終的にはうちでの上映が実現しました。『ヴィデオドローム』より分かりやすい作品で、こちらも興行は成功でした。とても文学性の高い作品です。当時、同じ渋谷のシネマライズではジョン・アーヴィング原作の『ホテル・ニューハンプシャー』(84)が話題になっていたのですが、当時のアート系映画は文学に近づいていたと思います」


 『デッドゾーン』は本当に心をゆさぶられる作品で、主人公を演じるクリストファー・ウォーケンの悲しげな表情がいつまでも脳裏に焼きつく。興行は最初から1カ月強の限定公開であったにもかかわらず、1万人を動員し、1,200万円の興行収益を上げた。この好成績を受け、その後は池袋の劇場、テアトル池袋へのムーブオーバーも実現している。



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