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【ミニシアター再訪】第9回 “渋谷劇場”の幕開け、ミニシアターの開花・・・その4 好奇心をくすぐるユーロスペース 前編

【ミニシアター再訪】第9回 “渋谷劇場”の幕開け、ミニシアターの開花・・・その4 好奇心をくすぐるユーロスペース 前編

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ミニシアター同士のネットワーク



 『デッドゾーン』が公開時の87年にユーロスペースは映画の興行組合に入り、関係者との横のつながりも意識するようになった。北條さんが支配人となったのはこの映画からで、この年を「ミニシアターの第一次ピーク」と呼んでいる。


 確かにこの年、ユーロの公開作だけを考えてみても質の高い映画が続々と公開されている。パンク的な感性を映画に持ち込んだアレックス・コックス監督の風刺精神あふれるSF『レポマン』(84)、奇妙な美意識を持つ英国のピーター・グリーナウェイ監督の『ZOO』(87)、今では世界的な監督となったデンマークのラース・フォン・トリアー監督の幻惑的なフィルム・ノアール、『エレメント・オブ・クライム』(84)。挑発的な監督たちに日本初登場の場をユーロが提供した。


 さらに86年にわき起こったニューヨーク・インディーズ映画の新鮮な流れを反映し、スパイク・リー監督の学生時代の映画『ジョーズ・バーバーショップ』(82)もレイトショー上映。また、同じくインディーズ監督のジョン・セイルズの出世作『ブラザー・フロム・アナザー・プラネット』〈84〉や『ベイビー・イッツ・ユー』(83)も輸入した(後者はシネ・ヴィヴァン・六本木で上映)。






◉『満月の夜』のパンフレット(上下とも)。フランス映画界の巨匠監督、エリック・ロメールがやっと日本でも認知され始めた。


 ユーロは映画の輸入と劇場運営のふたつを担当していたが、輸入作品に関しては、87年から他の劇場との協力関係が始まる。特にシネ・ヴィヴァン六本木に作品を提供するようになったことが、この年のユーロにとって忘れがたい出来事だった。『ベイビー・イッツ・ユー』に先駆け、エリック・ロメール監督が男女の心の機微を美しく描いた『満月の夜』(84)をこの劇場にかけた。


 ロメールはアテネ・フランセのような特殊上映の会場では人気を得ながらも、日本の商業劇場では無視され続けてきたフランスの伝説的な監督。この作品の成功以後、ヴィヴァンの看板監督のひとりとなる(その後の作品は主にシネセゾンが配給)。


 「『満月の夜』の場合は、シネ・ヴィヴァンの塚田支配人がうちで上映したい、と言ってくれたので、こちらに出しました。別の劇場からオファーが来たのは初めてでしたが、その後はヴィヴァンだけでなく、シネマライズなど、別のミニシアターにも輸入した作品をかけるようになり、ミニシアターのネットワークにも入っていけました。こうしたことがないと、産地直送の野菜を供給する八百屋で終わっていて、もっとチマチマやっていたかもしれないです」


 北條支配人にいわせると、劇場の人間にはいくつかの“責任”がある。


 「まずは劇場として何を選ぶのか。もうひとつは選ぶことで収支が合うのか。配給会社から作品を預かる時は、その会社にも責任が生まれます。興行成績がかんばしくなかった時、連帯責任みたいなものもありますね」


 さらに作品のクオリティとビジネスに対する責任も意識している。


 「その作品を自分だけがおもしろいと思っているようでは、実は文化として成立しないかもしれない。逆に人が入りそうでも、内容が薄っぺらいものもありますね」


 文化として、あるいは興行としての責任を背負いつつ、その作品にとってベストな上映の方法を考えたいようだ。


 「『満月の夜』がそうでしたが、大きく踏み出せる可能性があって、協力者がいるのなら、大きい方を選んだ方が、監督にとっても、作品にとっても、自分たちにとってもいい」


 87年はラインナップも充実し、他のミニシアターとの協力関係も生まれ、ユーロスペースに勢いが加わった年。そして、8月には“事件”と呼びたいことも起きている。原一男監督の異色ドキュメンタリー、『ゆきゆきて、神軍』(87)の公開が決まったからだ。この作品の公開で、ユーロは新たな挑戦を始めることになる。



(次回は『ゆきゆきて、神軍』上映騒動をめぐるレポートを掲載)




◉現在、ユーロスペースは東急文化村から至近の距離の丸山町へと場所を移している(2013年撮影)。



前回:【ミニシアター再訪】第8回 “渋谷劇場”の幕開け、ミニシアターの開花・・・その3 渋谷の夜を変えた音楽映画 後編

次回:【ミニシアター再訪】第10回 “渋谷劇場”の幕開け、ミニシアターの開花・・・その5 好奇心をくすぐるユーロスペース 中編

 


文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書にウディ・アレンの評伝本「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



※本記事は、2013年~2014年の間、芸術新聞社運営のWEBサイトにて連載されていた記事です。今回、大森さわこ様と株式会社芸術新聞社様の許可をいただき転載させていただいております。なお、「ミニシアター再訪」は大幅加筆し、新取材も加え、21年にアルテス・パブリッシングより単行本化が予定されています。

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