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【ミニシアター再訪】第12回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その1 ある巨匠とフランス映画社 前編

【ミニシアター再訪】第12回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その1 ある巨匠とフランス映画社 前編

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魔術的な映像力



 しかし、今回の新作『エレニの帰郷』は白紙の状態で見ようと決意して試写に出かける。30年間ほとんど変わっていない銀座の東映ビルに到着すると、試写室の前には『仮面ライダー』最新作のポスターがあり、その隣にアンゲロプロスのポスターが見える(不思議な感覚!)。


 そして、いざ映画が始まってみると、その世界に引き込まれ、本物の重厚な映像ならでは充実感が残った。試写に同行した編集者たち(彼らもテオ映画のファンではなかった)も同じ意見で、見終わった後、作品をめぐって話が盛り上がった。 


 この映画の前日に最新の特撮技術を駆使したあるハリウッド大作を見たばかりだったので、両者の映像の感触の違いについても考えさせられた。『エレニの旅』のブルーレイの特典映像として収録されたインタビューで、アンゲロプロスはこんなことを語っている。 


 「私はデジタル処理された人間やセットではなく、生身の人間とだけ愛を交わしたいと思っています。それが昨今のCGを駆使したデジタル映画と私の映画の違いなのです」 


 もし、CGを使った特撮映画がおいしいながらも、添加物も加えた飲み物だとすれば、『エレニの帰郷』には、質のいい葡萄をたっぷり使い、丁寧に熟成させたワインのような味わいがあった。 


 20世紀を生きぬいた監督の母親へのオマージュ的な作品で、20世紀を描く「トリロジア(三部作)」の2作目にあたる。1作目『エレニの旅』は1919年から49年までのギリシャが舞台で、養女として育ったヒロイン、エレニの愛の旅が描かれている。2作目は53年から90年代の終わりまでのエレニの人生が映画監督である息子、A(ウィレム・デフォー)の視点でとらえられ、前作とはまた独立した作品として見ることができる。 


 今回のエレニ役を演じるのは『ふたりのベロニカ』(91)、『トリコロール/赤の愛』(94)で知られるイレーヌ・ジャコブで、彼女が愛し続けるスピロサには『汚れた血』(86)や『美しき諍い女』(91)のミシェル・ピコリ、彼女を愛し続けるヤコブには『ベルリン・天使の詩』や『永遠と一日』のブルーノ・ガンツ。アンゲロプロス映画としては、いつになく豪華なキャストで、自身の居場所を求める人々の旅が研ぎ澄まされた映像で綴られている。 


 原題は“The Dust of Time”で、50年代から90年代までのさまざまな歴史の断片が散りばめられる。スターリンの死、ウォーターゲート事件、ベトナム戦争、ベルリンの壁の崩壊……。監督であるAの部屋にはザ・ドアーズのジム・モリソン、レゲエ界のスター、ボブ・マーリー、革命家のチェ・ゲバラなどのポートレートが貼られている(若くして他界したポップ・アイコンばかり)。Aは妻との結婚生活が破綻し、幼い娘エレニの心の問題にも悩む。 


 Aはアンゲロプロスの分身でもあり、ローマ、北カザフスタン、シベリア、ニューヨーク、トロント、ベルリンなどを舞台にして、彼の両親の物語と時代の変化が幻想的なイメージを重ねることで描かれる。


 生と死、愛と別離、孤独と和解、絶望と希望。人々が抱える時間の向こう側にさまざまな意味を読み取ることができるが、それは20世紀を生きた人々の壮大な心の旅の記録でもある。ギリシャの近代史を知らない人間には分かりにくい部分も多々あるが、「分かる」か「分からない」を超え、見る人の心と体の奥に浸透していくような魔術的な映像力があった。 



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