劇場に置かれた献花台
『エレニの帰郷』が上映されるのは5番スクリーン。劇場に到着するとすでに関係者たちも顔を見せていた。そして、東映の宣伝部や劇場関係者にまじって、見覚えのあるコート姿の男性が立っている。アンゲロプロスの作品群を配給してきたフランス映画社の柴田駿社長だ。
「お久しぶりです」思わず、そう声をかける。
今回の映画は、東映の配給だが、配給協力としてフランス映画社の名前もある。東映の岡田裕介社長はもともとアンゲロプロス監督の大ファンで、一度でいいから会いたいと考えていたという。そこで柴田社長に相談したが、タイミングがうまく合わず、監督は12年に不慮の事故で突然の他界(享年76)。そんな縁もあって、今回、柴田社長の協力を得ながら、東映での配給が実現した。
その日の初回の上映は午前10時20分から。5番スクリーンの前には列ができている。スクリーン前の廊下はかなり狭いが、その真ん中にはアンゲロプロスのための献花台が用意されている。
台にはパネルサイズにひきのばされた監督の大きな写真が飾られ、その前には白いカーネーションが20本ほど置かれている。初日の前日、1月24日は監督の命日。今年は日本式にいえば三回忌を迎えた。そこで東映の岡田社長は劇場に献花台を作ることを提案し、それが初日の劇場で実現した。
遂に開場時間を迎えると観客たちが入場する。まずは献花台の前に進んで手を合わせる人がいる。中には自ら白いユリの花束を携えて献花台の前に立った人もいた。次々に入場する観客たちを写真の中の監督は見つめている。土曜日の朝の10時台の上映ということもあり、観客の年齢層は高めだ。200席を超えるスクリーンだが、入りは160席を超えている。
「悪くないですね」 そうつぶやく関係者の声が聞こえてくる。開映の時間が来ると、スタッフたちは劇場に入る。私もその後をついていき、壁際でスクリーンを見つめた。
レオナルド・ディカプリオ主演、マーティン・スコセッシ監督の『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』(13)やロン・ハワード監督の『ラッシュ/プライドと友情』(13)といったハリウッドの話題作の予告編に続いて、いよいよ本編が始まる。
東映配給、フランス映画社・配給協力のクレジットが出る。献花台の前に置かれたものと同じ監督の写真も一瞬だけ映し出された後、本編がスタートする。