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【ミニシアター再訪】第13回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その2 ある巨匠とフランス映画社 後編

【ミニシアター再訪】第13回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その2 ある巨匠とフランス映画社 後編

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日本のファンに感謝



 そのお茶会では秋に来日したアンゲロプロスの遺族たちの話が出る。アンゲロプロス夫人のフィービー・エコノモプラスさんが鎌倉にある川喜多映画記念館を訪ねた時、東宝の歴史を振り返るポスター展が行われていたという。


 そこにはかつて俳優だった東映の岡田社長の若き日の出演作(『赤頭巾ちゃん気をつけて』(70)等)のポスターがあり、それを見た夫人はそのポスターの前で写真を撮り、岡田社長に見せたら社長は大慌てだったとか(当時の岡田社長はとてもハンサムで、甘い容姿だった)。一方、監督の幼い孫娘は東映のアニメ『ワンピース』の大ファンで、母親(監督の娘)のアンナ・アンゲロプロスさんに娘さん用のグッズをプレゼントしたら大喜びだったという。 


 また、夫人は「日本人ほど、テオの作品に理解を示してくれた観客はいない」と来日時にうれしそうに語っていたという。けっして分かりやすいとは思えない彼の作品群に熱心な観客がついたのは、フランス映画社の尽力が大きい。まさに誠意と熱意の賜物ともいえるだろう。 


 家族の来日時の話が盛り上がる中、隣にいたはずの柴田社長がいない。


 気づくと、店の奥の壁に飾られた写真に近い席に座りこんでいる。彼が一心に見つめているのはフランス写真家ロベール・ドアノーの何枚かの写真。その中にはドアノーの代表作『パリ市庁舎前のキス』も入っている。どこかレトロで、温かい。すごく雰囲気のあるモノクロ写真だ。そこに映し出されたパリの風景に、その時、どんな思いを重ねていたのだろう?


 群れから離れ、こちらに背中を向けて写真を見つめる姿を気にとめる人はなく、他のメンバーたちはおしゃべりを続けていた。


 やがて、お茶会はお開きとなり、私は宣伝部のスタッフと共に劇場に戻ることになった。初回の上映が終わり、観客たちが次々に場内から出てくる。初回の上映で一番にやってきたという女性を宣伝部の方に紹介していただき、映画に対するコメントをいただくことにした。 


 「アンゲロプロスの作品は『旅芸人の記録』からずうっと追いかけて見てきました。今回、彼の過去の作品の回顧上映も行われましたが、すごくいい企画だと思います。彼の作品を多くの人に知ってほしいからです」 


 そんな風に熟年女性は監督への思いを熱く語り始めた。「今回の映画はいろいろなことを思い出しました。ブルーノ・ガンツが出る場面は『ベルリン・天使の詩』(87)を思い出しました。また、作家のエドワード・サイードの本で書かれたことも頭をよぎりました。年を重ねると、この映画で描かれたように現在の中にふと過去が出てきたり、未来のことがよぎったり、という感覚がよく分かります。年代を追いながら縦軸と横軸が交わるという構成がよかったです」 


 これまで岩波ホールやシャンテシネなどでアンゲロプロス作品を見てきたという。 「狭い空間の中で焦点がぐっと寄ってくる。そんなところがミニシアターの魅力で、私はミニシアターが好きです。ただ、この映画館もスクリーンが大きくて迫力がありましたね」 その話を通じてミニシアターと過ごしてきた豊かな時間の流れが伝わってきた。


 献花している観客にも声をかけてみた。以前、浜松に住んでいたという男性は、浜松でアンゲロプロス作品を見ていたという。 


 「『シテール島への船出』(83)など見ていました。時間の描き方が独特で、監督の映画が好きになりました。その後は東京で見るようになりました。今回は最後の作品ということで、本当に残念な気がします」 


 廊下の方に出て行こうとしたマスクをかけた男性にも声をかけると、彼も、また、監督のファンだった。 


 「DVDやブルーレイも持っていて、ずうっと見てきました。監督のファンでした」


 「今日の映画はどうでしたか?」


 「本当によくて……」 


 それは涙声に変わり、マスクの向こうで言葉が途切れる。後で聞いた話だが、最初の上映が終わった瞬間、劇場関係者がドアを開けると、場内は静まりかえり、泣いている人もけっこういたという。今回の作品は監督の遺書でもある。複雑な気持ちを観客たちに引き起こすのも無理はない。 


 1回目の上映だけでは多くの観客の声が拾えないので、2回目の上映後も取材を続けることにした。2回目は朝の上映より、ぐっと客層が若返った印象だった。これまでひとり客が多かったので、カップルの観客にも声をかけた。男性はアンゲロプロスのファンで、ずうっと見てきたようだ。女性の方は別のタイプの映画が好きで、互いの好みの監督を一緒に見ることを楽しんでいるという。 


 「今回の映画が見られて本当によかったです。ミニシアターの映画はよく見ています。最近、ミニシアターが減っているのが悲しいですね。他に興味があるのはアキ・カウリスマキ、ケン・ローチといった監督です」 と男性が答える。



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