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【ミニシアター再訪】第13回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その2 ある巨匠とフランス映画社 後編

【ミニシアター再訪】第13回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その2 ある巨匠とフランス映画社 後編

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初日の追っかけ



 バルト9は夜の上映も充実しているので、クリエイティブ系の人も多く訪れるという話を聞いたことがあったが、次に出会ったのは自身も映像を作っているという男性だった。 「自分も映像を作る人間なので、この監督の時間の作り方はおもしろいと思います」 


 ミニシアターについて尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。 「そうですね、作る立場からいうと、上映される場所はそれほど関係ない気がします。やはり、作品ありきです」 


 その後、壁のそばに立った男性にも声をかけることにした。開口一番、こんな返事が返ってきた。 「僕はフランス映画社の追っかけなんですよ」 あ、と思う。お茶会の席で話題になっていた人に遂に出会えた。 


 「いつもフランス映画社の映画は初日の初回に見ていた、という方ですか?」


 「はいそうです。『木靴の樹』(78)の頃からです」  


 『木靴の樹』が岩波ホールで上映されたのは70年代の後半だ。ということは、35年以上におよぶ“追っかけ”人生だ。 「川喜多和子さんにお会いしたこともありますよ」 と彼は言う。


 そこに“追っかけ”の長い歴史をふと垣間見た。フランス映画社の副社長だった和子さんが病気で亡くなったのは93年。すでに20年も前の話だ。長い年月にわたってこうした支持者がいることが配給会社にとって大きな励みだったのではないだろうか? 


 「今回、東映で監督の映画が輸入されたこと、どう思いますか?」と私が尋ねる。


 「正直、最初は裏切られた気持ちだったんですよ。以前から『第三の翼』というタイトルで映画雑誌に紹介が出ていたので、公開を楽しみにしていたんです。ところが、なかなか上映されず、上映が決まったら、東映が配給で、タイトルも『エレニの帰郷』に変わっていて……」 


 そばにいた東映のスタッフが、邦題は分かりやすさを考え、『エレニの帰郷』になったと説明すると、彼は答える。 「でも、今は公開されて本当に良かったと思っています。一番好きなアンゲロプロス作品は『狩人』(77)です。彼の作品は日本人のリズムに合うんじゃないかな。ゆったりしていて……。まるでお能のリズムですよね。それでいて、謎めいた映像で。あのリズムとミステリアスな部分が、彼の映画のツボですね」 


 封切り後、フランス映画社の映画は何度も映画館に通うそうだ。 「ゴダール監督の『ソシアリズム』(10、フランス映画社配給)は29回も見てしまいました。今回のアンゲロプロス作品も、また何度も通うと思います」 彼はそう答えていた。


 最終的に『エレニの帰郷』はバルト9では7週間の興行となった。その冬、東京は30年ぶりの大雪に見舞われた日もあったが、そんな悪天候の時期も乗り越えたのだ。後半は朝の1回のみの上映だったが、それでも健闘したと思う(その後、千葉などの劇場でも上映が続いている)。 


 初日に感じたのは観客たちの熱だった。フランス映画社のように個性ある配給会社が、こうしたファンたちを育て、彼らは20年間、あるいは30年間と好きな監督たちの新作を見るため、ミニシアターを訪れていた。今回はミニシアターではなく、シネコンでの上映だったが、それでも彼らは劇場にやってきた。 


 かつて日比谷のミニシアターが育てたこうしたファンたちをシネコンはさらにつなぎとめていけるのか? 効率第一主義のシネコンにそもそも“育てる”という感覚はあるのだろうか? 巨匠の遺作の初日の風景は映画の未来に関するさまざまな思いさえもかきたてた。 



◉新宿・バルト9の外観。巨大な看板広告が目を引いたかつての映画館とは雰囲気が異なる(2014年撮影)。



前回:【ミニシアター再訪】第12回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その1 ある巨匠とフランス映画社 前編

次回:【ミニシアター再訪】第14回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その3 銀座・ミニシアター元年 1987 

 


文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書にウディ・アレンの評伝本「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



※本記事は、2013年~2014年の間、芸術新聞社運営のWEBサイトにて連載されていた記事です。今回、大森さわこ様と株式会社芸術新聞社様の許可をいただき転載させていただいております。なお、「ミニシアター再訪」は大幅加筆し、新取材も加え、21年にアルテス・パブリッシングより単行本化が予定されています。

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