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【ミニシアター再訪】第16回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その5 シャンテで大ヒット『ベルリン・天使の詩』

【ミニシアター再訪】第16回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その5 シャンテで大ヒット『ベルリン・天使の詩』

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文学も商品化の時代



 今回の取材を側で見守っていた東宝・総務部の松本章也室長(当時。スカラ座・みゆき座にも勤務経験あり)がかつての思い出をこう語った。 


 「実は、シャンテのシネ2の後、有楽町の駅前にあった有楽シネマで上映していました。当時、学生だったんですが、この映画がはやっているといわれて見に行きました。シャンテの楽日に行ったら、“もう入れません”と言われ、明日から有楽シネマに行ってください、といわれました。それで上映が終わりそうな時に行ったら、また、そこも入れなくて(苦笑)。その後、またシャンテにかかった時はすぐに行きましたよ」 


 連続上映は30週で終わっているが、有楽シネマへとムーブオーバー後、今度はシャンテのシネ1に場を移し、2週間だけ追加上映された。これについて高橋専務は語る。 


 「実はこの2週間の上映だけで、8400人、入っているんです。最初の1週で3400人、最後の週に5000人くらい。それを7日で割ると、1日700人。4回まわしやると、1回平均200人。226席のキャパだったので、結局、追加上映の最後の週まで満員だったということですね」 


 この映画に関しては聞けば聞くほどにすごい数字が次々に出てくる。公式発表ではシャンテでの上映では2億2511万3600円の興行収入となっていて、この劇場ではいまだこの記録は破られていない。ヒットの理由を探ることはむずかしいが、とにかく、当時は洋画の全盛期。他にも次々に話題作が公開されていた。 


 『ベルリン・天使の詩』が封切られた88年4月の新聞を見ると、スタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』(87)、スティーヴン・スピルバーグ監督の『太陽の帝国』(87、今は売れっ子の元子役、クリスチャン・ベールのデビュー作)、オリヴァー・ストーン監督の『ウォール街』(87)といった巨匠監督たちの新作広告がずらりと並ぶ。さらにちょっと前には『ラスト・エンペラー』(87)『ロボコップ』(87)『危険な情事』といった大ヒット作も出ていて、こうした作品を続映中の映画館もある。もっと小ぶりの作品では『月の輝く夜に』(87)『ブロードキャスト・ニュース』(87)といった良質のドラマが4月の新聞広告欄を飾っている。 


 ミニシアターも、この年、かなりの盛り上がりを見せていて、銀座のシネスイッチで上映の『モーリス』(87)が9万人の動員、新宿のシネマスクエアとうきゅうの『薔薇の名前』(86)が8万人の動員と、新しい動員記録が次々に出ていて、それを遂に『ベルリン・天使の詩』が超えることになった。 


 また、映画を離れ、出版の世界に目をやると、88年に最も売れた本は村上春樹の恋愛小説「ノルウェイの森」である。本が出版されたのは87年であるが、本当の強さを見せたのは88年で、「週刊ニュース社(ベストセラー部門)」「全国大学生活協同組合連合会(単行本部門)」「トーハン(単行本・文芸部門)」「日本出版販売(フィクション部門)」などの発表による年間リストの第一位を獲得している。 


 これに関しては『朝日年鑑 1989年』(朝日新聞社)の中の「文学も“商品”の時代」というこの年の文学の動きを振り返る記事の中で、「88年の最大の話題は、村上春樹の『ノルウェイの森』が、上下巻あわせて350万もの部数を記録したことだ。(中略)これまで文学好きの人気作家であったにすぎない村上は、これで一躍大衆人気作家になった」 


 翻訳小説ではジェイ・マキナニーの都市の憂鬱を描いた「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」、ブレット・イーストン・エリス原作の刹那的な青春像を見せた「レス・ザン・ゼロ」といったアメリカの若手作家の文学がベストセラーになっていて、ここでも「文学の“商品化”」が進んでいる。 


 一方、『朝日年鑑』のファッションの分析によれば「ホンモノ、一流品志向を反映し、87年から88年の日本はインポートブランドのラッシュであった」(シャネルが前年比130%増、ジョルジオ・アルマーニは20億円の予算を30%オーバーして達成したという)。ファッションだけではなく、外車や香水に関してもホンモノ志向が強まり、個性的な品に人気が集まったという。そんな時代に公開されることで、ドイツの街を深みのある映像でとらえた『ベルリン・天使の詩』は観客たちの心をつかんだ。 


 89年1月になると、日本では昭和の元号が終わって平成が始まり、バブル経済も破綻を迎える。一方、ドイツのベルリンでは89年11月に東西の壁の崩壊という歴史的な出来事が起きる。 


 日本や世界が変わろうとしていた88年。日比谷のミニシアターからアート映画の画期的な大ヒット作が生まれたのだ。 



(次回からはシャンテのヒット作が次々に登場。ジム・ジャームッシュ作品のレポートもあり)




◉現在はTOHOシネマズシャンテに名を変えて、3スクリーンで営業している。(2014年撮影)



前回:【ミニシアター再訪】第15回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その4 シャンテシネのはじまり

次回:【ミニシアター再訪】第17回 映画の街・銀座からの巻き返し・・・その6 シャンテ傑作選・1 フランス映画社作品

 



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書にウディ・アレンの評伝本「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



※本記事は、2013年~2014年の間、芸術新聞社運営のWEBサイトにて連載されていた記事です。今回、大森さわこ様と株式会社芸術新聞社様の許可をいただき転載させていただいております。なお、「ミニシアター再訪」は大幅加筆し、新取材も加え、21年にアルテス・パブリッシングより単行本化が予定されています。

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