ミニシアター興行史を塗りかえることになる『ニュー・シネマ・パラダイス』が89年にシネスイッチ銀座で封切られた。
その結果、この1館だけで約10か月に渡って上映され、26万人の動員となった。
現在はいくつかの館で同時封切りとなる“ミニシアター拡大公開”となることが多く、1館でのロングランはむずかしいが、80年代は今より時間がゆっくり流れていた。
この映画はミニシアター興行の頂点を極め、90年代以降もミニシアターからはさまざまな大ヒット作が生まれていく。
※以下記事は、2013年~2014年の間、芸術新聞社運営のWEBサイトにて連載されていた記事です。今回、大森さわこ様と株式会社芸術新聞社様の許可をいただき転載させていただいております。
Index
失われた楽園
スクリーンの中で白のカーテンが風にそよぎ、バルコニーに置かれた植木鉢が目に飛び込んでくる。バルコニーの向こうには広い海。その風景に甘美な音楽が重なり、イタリア語の映画タイトルが現れる。
ヌーボー・シネマ・パラディソ。英語題は「ニュー・シネマ・パラダイス」。日本語にすると、「新しい映画館、パラダイス座」。映画が娯楽の中心にあり、それを上映する場所が人々の夢と憧れを代弁していた時代の物語である。舞台は戦後まもないイタリアで、シチリア地方に住む無邪気な少年、トトが主人公だ。
戦場に行った父親は戻らず、彼は母や妹と暮らしている。
楽しみは教会の隣にある映画館に行くこと。
時には牛乳代として渡されたお金を映画に使い、母にきつく叱られる。
それでも映画への好奇心を抑えることができない。
映像を見つめていると、少年は別世界に飛び立つことができる。
裕福ではない環境の彼にとって、パラダイス座はまるで楽園のようだ。
しかし、物語の進行と共に分かる。それが“失われた楽園”であることが……。
カーテンが風にそよぐ家には、髪が白くなったトトが住んでいる。
そして、故郷からの電話が彼を少年時代へと引き戻す。
記憶をたぐり寄せていくと、そこにはパラダイス座があり、映写技師、アルフレードがいる。
人生を変えるアルフレードとの数々の思い出がトトの脳裏によみがえる……。
ジュゼッペ・トルナトーレ監督の80年代のイタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(89)は、そんなトトとアルフレードの物語だ。この作品、予算がかけられた大作ではないし、華やかな作品でもない。人間くさくて素朴な作風だ。
しかし、日本での公開から25年が経過した今も、その人気は衰えることを知らず、数年前からシネコンで行われている「午前十時の映画祭」の人気番組のひとつとなっている。
レンタル店でのDVDの稼働率も悪くないようだ(ちなみに近所の店には3本入っているが、たいてい貸出中になっている)。さらに映画館の閉館番組として組み込まれることも多い。
また、映画音楽界の巨匠、エンニオ・モリコーネの軽快でありながら、心にしみわたる音楽もすばらしく、サウンド・トラックも大人気となった。
ミニシアター作品の中には当時ヒットしても、時間がすぎると、かつての人気を失ってしまうものもある。しかし、80年代末にシネスイッチ銀座で公開され大ヒットとなった後、『ニュー・シネマ・パラダイス』は今でも愛され続ける作品となっている。
◉「少年トト」の底抜けの笑顔がこの映画を強烈に印象づけ、来日したトト役の子役俳優はフジテレビのCMにも出演。