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【ミニシアター再訪】第28回渋谷系の流行、ミニシアターの熱い夏・・・その5 Bunkamuraの映画館、ル・シネマ

【ミニシアター再訪】第28回渋谷系の流行、ミニシアターの熱い夏・・・その5 Bunkamuraの映画館、ル・シネマ

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ヨーロッパ監督の問題作



 そんな中で中村プロデューサーが特に忘れがたい監督として上げたのが、ポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキとフランスのパトリス・ルコントだ。


 キェシロフスキは91年10月にまずは『愛に関する短いフィルム』(88、KUZUIエンタープライズ配給)がかけられ、92年6月に『ふたりのベロニカ』(91、同)、さらに94年7月からは「トリコロール3部作」(同)が公開され、女性たちに圧倒的な人気を得た。


 フランスの国旗の3色になぞらえてつけられたタイトルで、『トリコロール/青の愛』(93)にはジュリエット・ビノシュ、『トリコロール/白の愛』(94)にはジュリー・デルピー、『トリコロール/赤の愛』(94)には『ふたりのベロニカ』で監督のミューズとなったイレーヌ・ジャコブが主演。個性の異なる3人の女優たちがそれぞれの愛の形を見せてくれる。特に興行が良かったのは『青の愛』で15週の上映となった。


 その才能を惜しまれながら、キェシロフスキは、「トリコロール」シリーズの日本公開から2年後の96年に54歳で亡くなった。


 「心臓に持病がある監督で、これから、という時に亡くなったのが本当に残念でした。彼の映画はホン(脚本)も確かに素晴らしいのですが、何よりも映像で物語を語る作家だったと思います。シンプルなストーリーをひじょうに情感豊かに描いていて、何年かたってから彼の作品を見直すと、また違う思いがわいてきます。『ふたりのベロニカ』を久しぶりに見た時は、そのみずみずしさに涙が出ました。『青の愛』の時はジュリエット・ビノシュと一緒に監督が来日したんですが、側でふたりを見ていると、ビノシュが監督を全面的に信頼していることがよく分かりました」


 この3部作はポスターにも力を入れていて、『青の愛』は石岡瑛子、『白の愛』は内藤忠行、『赤の愛』は横尾忠則が担当し、上映時には表参道のスパイラルビルの中のスパイラルホールで、アートポスター展も開かれ、好評を博した。


 一方、『髪結いの亭主』(90)以降、日本のファンを獲得したパトリス・ルコントの魅力について中村プロデューサーはこう語る。


 「おそらく、世界中で日本が1番彼の映画を支持してきた国ではないかと思います。たぶん、あの湿り気が受けたんでしょうね。ヨーロッパの監督には珍しく、日本的な色気を持っている監督だと思います。だから、『髪結いの亭主』というちょっとレトロで日本的なタイトルがはまったんでしょう」


 91年12月にかけられた『髪結いの亭主』は19週の上映で、1億円の興行収入を上げ、歴代興行成績の10位に入っている。この時の映画のキャッチコピーは「かほりたつ、官能」。映画ではアンナ・ガリエナ扮する大人の色香を漂わせた髪結いの女とジャン・ロシュフォール扮する中年の亭主との愛が描かれるが、結婚10年後に意外な結末が訪れ、男と女の愛の不可解さについて考えさせられる。ガリエナは日本にも何度か来日して、〝大人のイイ女〟としてその魅力をふりまいていた。


 ルコント作品はこれまで8作品がル・シネマにかけられていて、歴代興行成績の9位に93年封切りの『タンゴ』(92、19週上映)、20位に99年封切りのヴァネッサ・パラディ主演の『橋の上の娘』(99、17週上映)、23位に96年封切りの『パトリス・ルコントの大喝采』(96、7週、のべ14週)と、多くの作品が好調な成績を残している。



◉パトリス・ルコント監督、アンナ・ガリエナ主演の『髪結いの亭主』(90)、故クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『トリコロール』三部作(93~94)。ジュリエット・ビノシュ、ジュリー・デルピー、イレーヌ・ジャコブと3人の女優たちを主人公にした作品。ルコントとキェシロフスキはル・シネマを代表する人気監督となり、来日も果たしている。


 また、フランス映画としては92年にかけられたジャック・リヴェット監督の『美しき諍い女(いさかいめ)』(91、コムストック配給)もル・シネマの忘れがたい一本だろう。世捨て人の画家(ミシェル・ピッコリ)と彼のモデルだった妻(ジェーン・バーキン)。新たに画家のモデルとなる若い女性(エマニュエル・ベアール)。そんな3人の愛と芸術をめぐる葛藤を描いたオノレ・ド・バルザック原作のドラマである。


 リヴェットは本国では高い評価を得ていて、日本ではこの作品でやっと本格的に認められたが、さらに女性の裸体の修正問題を揺さぶった作品としてもマスコミでは話題を呼んだ。


 「東京国際映画祭にも出品するということで、修正に関しては配給会社の方がすごくがんばって下さいました。上映されたのが大劇場ではなく、小さなキャパのアート系シアターだったことが、もしかすると幸いだったかもしれませんね」


 当時、コムストックの宣伝部は映倫にも出向いて、修正に関して闘ったという。作品自体もこの年の「キネマ旬報」のベストテンの外国映画部門の1位に選ばれ、興行成績も好調だった。


 「長尺もので1日3回しか上映できなかったのですが、当時、かなりヒットしまして、10週以上は上映しました。この頃は連日満席が続いていて、それが当たり前に思えた時代でした」


 90年代のル・シネマは絶好調で、歴代興行成績のナンバーワンもこの時代に生まれた。97年11月に封切られたジャック・ドワイヨン監督のフランス映画『ポネット』(96、エース・ピクチャーズ配給)である。


 母の突然の死を受け入れることができない少女、ポネットが主人公で、当時、4歳のヴィクトワール・ティヴィソルがヴェネチア映画祭で最年少の主演女優賞を受賞したことも話題を呼んだ。


 「あの作品はやはり〝子供のパワー〟あってのヒットですね。ドワイヨンは当時シネアスト系に好まれる監督でしたが、監督の名前は前面に出さず、アートで売ることはやめました。むしろ、ヒロインの少女のひたむきさを押し出しました。どうしたら、死んだママに会えるんだろう、と思っている少女のいたいけな表情を大事にして、少女の顔をアップにしたポスターを作りましたが、そこに物語を感じさせる力があったと思います。出てくる子供たちは素なのか、演技なのか分からない凄さがあって驚かされました」


 昔から映画界では「動物と子供の映画は当たる」と言われてきたが、ミニシアター作品では子供を売りにしていた作品がそれほど多くない。それゆえ、当時の観客たちには、むしろ新鮮に思えたのかもしれない(子役が特に印象的だったミニシアターの大ヒット作には『ミツバチのささやき』〈73〉や『ニュー・シネマ・パラダイス』〈89〉もある)。


 『ポネット』は33週間の大ロングランとなり、2億円を突破する興行成績を上げ、12万8000人を動員した。


 中村プロデューサーはこれを「最も観客層の幅が広かった作品」と位置づけている。


 「とにかく、老若男女の観客層で、下は中学生、上は年配の方まで、本当にいろいろな方が来て下さいました。観客の層の広さが歴代1位という興行成績に結びついたのでしょう」


 『ポネット』は少女の可愛さだけを売りにした作品ではなく、母と娘の物語でもあり、フランス人の哲学的な死生観も入っている。その奥ゆきの深さが目の肥えた客層に受けたのだろう。


 ル・シネマはフランスだけではなく、イギリス映画の秀作も上映してきた。歴代成績12位と健闘しているのがイギリスの文芸映画『鳩の翼』(97、20週上映、エース・ピクチャーズ配給)だ。今はハリウッド映画でも活躍する人気女優、ヘレナ・ボナム=カーターが大胆なヌードも見せて悪女的なキャラクターに挑戦し、初のアカデミー賞候補になったコスチューム劇。サンディ・パウエルがデザインした衣装の優雅さにも目を奪われる。


 原作は文豪のヘンリー・ジェームズで、舞台はヴェネチア。女ふたりと男ひとりの屈折した愛が美しい映像で描かれ、ホロ苦い結末が訪れる。


 「文芸映画が強かった時代が確かにありましたね。名作と呼ばれていても、意外とみんなが読んでいない小説があり、『鳩の翼』もそうした作品のひとつだったのかもしれません。そこでせめて映画版は見ようと思って劇場に来て下さったのでしょう。イギリスの俳優たちは舞台出身の人が多いので、どこか高貴なイメージや信頼感があり、いつの時代も安定した人気を得ている気がします」


 イギリス映画としては、ゲイの作家、リットン・ストレイチと女流画家、ドーラ・キャリントンの風変わりな愛と人生を追った『キャリントン』(95)、カズオ・イシグロ原作の切ない愛のドラマ『わたしを離さないで』(10、ソニー・ピクチャーズ)といった文芸ものも好調だった。後者は公開時にNHKで放映されたカズオ・イシグロの特別番組も評判となった。


 「『わたしを離さないで』は原作をすでに読まれた方が多かったようで、シャンテとの公開で7週間の上映となりました。おそらく、お客様は知性や気品を英国映画に求めているのでしょう。英国の場合、ガーデニングや紅茶なども人気もあり、そういう文化や作法を求める観客層がいて、劇場的には数字が読める部分もあります」



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