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【ミニシアター再訪】第29回 神保町で立ちあがった「ミニシアター」の源流 岩波ホール

【ミニシアター再訪】第29回 神保町で立ちあがった「ミニシアター」の源流 岩波ホール

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老いをテーマに




◉169分の上映時間ながら大ヒットとなった『大いなる沈黙へ/グランド・シャルトルーズ修道院』(05、ミモザフィルム配給)。淀川長治さんが絶賛し、多くの人に愛された岩波ホールの人気作品『八月の鯨』(87、ヘラルド・エース配給)。晩年のリリアン・ギッシュとベティ・デイヴィスの名演も忘れがたい。


 「アジア」「女性」「社会問題」と80年代以降、岩波ホールはさまざまなキーワードを念頭に置き、上映作品を模索してきたが、「老い」も重要なテーマのひとつとなっていく。その代表作となったのが88年にかけられたリンゼイ・アンダーソン監督の『八月の鯨』(87)である。


 アメリカのメイン州にある小さな島の別荘で夏を過ごす姉妹の物語で、ハリウッドを代表する名女優、リリアン・ギッシュとベティ・デイヴィスの共演が大きな話題を呼んだ。


 「老いてどうのように生きるのか、ということがテーマになっていました。ふたりの高齢者の姉妹が主人公で、ヒロインを演じたリリアン・ギッシュは当時90歳、ベティ・デイヴィスは79歳でした。ふたりの演技を見ていると、足元が危なくて、よくぞ、あそこまで演技をさせたな、と思ったものです」


 この作品は当初、14週の上映が予定されていたが、記録的な大ヒット作となり、何度かアンコール上映が行われている。再映も含めて30週の上映で、1億7900万円の興行収入。13万人の動員となり、歴代動員数の第3位となっている。


 「高野が最初にカンヌで見て、それで上映が可能になった作品だったと思います。でも、ここまでヒットするとは誰も思っていませんでした。上映時は劇場に人があふれ、ドアを閉められない日もありました。ここまでヒットしたのは日本だけで、映画のシナリオライターが来日した時、とても喜んでいました。ひとつには淀川(長治)さんの力が大きかったのかもしれません。この映画のことを気にいり、とても熱心な口調で、あちらこちらで話していただきました」


 当時のプログラムから淀川長治がこの映画に寄せた文章を引用しておこう。文章のタイトルは「『八月の鯨』からあふれるもの」。


 「女ふたり……これは名小説、これは名舞台、そして私たちは名作の名文を読む楽しさに溺れてゆく。2度、3度、その3度目には声を出してリリアンの台詞についてゆくにちがいない」


 「リリアンとベティのしっかりと握り合ったその握手の手のクローズアップでこの名作はしめくくられた。さらにまた涙があふれた。しかしまた、あのアメリカ映画の歴史その長い長い道をへてきたこの2名女優のしかも今ここにまたこの2人の見事なる共演。この2人が"長生きしていてよかったわねぇ"のそのプライベートなやさしく可愛い心あたたまる握手にもかさなり、このラスト・シーンは映画ファンに涙をかくすことを困らすであろう。かまうことはない。泣き給え、思いきり涙をあふらせ給え」


 また、ポスター・デザインの大御所であり、映画やジャズの評論家としても知られる野口久光もこの映画の熱心な支持者のひとりで、公開時にニューヨークでリリアン・ギッシュと会って彼自身が描いた彼女の若い時のポートレートを手渡したという。淀川長治に野口久光と、映画の黄金期の記憶が甦ってくるような大ベテランのサポートが、この映画の場合、大きな意味を持っていた。


 「古くてもいい作品はもう一度上映したいと思っていて、岩波ホールの創立45周年(2013年)を迎えるにあたって、この作品をもう一度、かけました。監督が亡くなった後は配給権が行方不明になっていたのですが、ベルリン映画祭に行った配給会社の方から電話が来て、権利が売りに出ているといわれました。アンコール上映ではプリントの状態で6週間上映しましたが、当時のお客様も含め、多くの方に来ていただけました」


 まさにこの劇場の看板作品の一本となった『八月の鯨』である。高齢者をテーマにした作品としては、岩波ホールに縁の深い羽田澄子監督の『痴呆性老人の世界』(86)『安心して老いるために』(90)といったドキュメンタリー、さらに2011年にかけられたポーランド映画の『木洩れ日の家で』(07)なども上映されている。


 現在の日本ではこのテーマがますますクローズアップされているが、同劇場の歴史を振り返ってみると、すでに80年代後半からこの問題を含んだ作品が上映されていたことが分かる。


 この40年間、老舗のミニシアターとしてさまざまな方向を模索してきたわけだが、特に大切にしてきた"岩波ホールらしさ"とは何だろう?


 「作品を通じて人間性の豊かさみたいなものを示したいと思ってきました。戦争や差別のように人間性を損なうものに対しては断固戦っていきたいし、人間性をうたい上げる作品は積極的に紹介していきたい。そういうものが基本的にありますね。映画は人間が人間を描くためにあるもの。だから、映画館としては人間のぬくもりを大切にしたいと思います。そう考えると、シネコンやデジタル化はそうしたものにそぐわない気もします。これまでの40年間、さまざまな作品を上映し、世界の時代の空気を伝えてきましたが、今は大きな岐路に立たされているのかもしれません」


 特に原田さんがむずかしいと感じているのは"文化の伝承"だ。


 「僕が古くから学んで、経験したことをどこまで維持できるのか? それが問題になっているのかもしれません。うちのホールも、他の映画会社もどんどん世代交代しています」


 そんな変化の波の中にあっても、2013年には前述の『ハンナ・アーレント』、14年にはドキュメンタリー『大いなる沈黙へ/グランド・シャルトルーズ修道院』(05)といったヒット作を世に送り出してきた。


 後者は製作に21年の歳月がかけられ、05年に完成。かなり前にこの作品に出会って、公開を切望していた原田さんは日本での公開のタイミングをうかがっていた。そして、9年遅れで封切られたところ興行的に大成功を収め、その後は他の劇場でも上映され続けている。どちらも人間性の大切さを問いかける作品だ。


 ただ、残念なことに高野総支配人はこうした作品の成功を見ることなく、13年2月に他界した。


 「高野とはよくケンカもしましたが、とにかく、責任感が強い人で、社員ひとりひとりに母親のように接してくれて、その目くばりはなかなかのものでした。ちょっと前に高野の夢も見ました。そこで何気ない会話を交わしているんですが、目が覚めるとすごい喪失感があって……。かつての豊かな思い出がよみがえってきて、その世界を失ってしまったことに改めて気づきました。大切な家族のひとりを亡くしたような思いにとらわれることもあります」


 大きな喪失感は現在の文化全体に関しても抱いている感情でもある。


「今、失われたものがとにかく多い気がします。かつて『ぴあ』のような情報誌があった頃は全体を見渡すことができましたが、ネットでは全体像が把握できない。また、実際に身を持って経験しないと分からないこともありますが、そういうものがあまり必要とされない時代になりつつあるのかもしれません」


 スマートフォンなどで映像そのものは簡単に見られる時代になったが、映画館の映像との違いについて原田さんはこう語る。


 「小さな画面で見ると、情報としては入ってきますが、その人の人生に響くものがない気がします。やはり、スクリーンで見た方が得るものが大きい。ただ、今の状況では観客を映画館に戻すのがむずかしいし、時間もかかる。果たしてそこまで映画館が持ちこたえられるのか、よく分かりません。民間だけの力ではむずかしく、学校も含めた教育が映像文化に積極的に取り組まないと厳しい部分もあるのかもしれません。とにかく、確実に時代が変わってきているので、柔軟性も保ちつつ、未来に向かっていけたらいいですね」


 こういう時代だからこそ、人間性の豊かさを追求する劇場の意義も深い。人の輪(=映画の仲間)を大切にしてきた老舗ミニシアターの未来への取り組みを見守っていきたい。



(次回は連載の最終回となるエピローグを掲載)




◉このホールの代表作『八月の鯨』は13年にリバイバル上映されている。



前回:【ミニシアター再訪】第28回 渋谷系の流行、ミニシアターの熱い夏・・・その5 Bunkamura の映画館、ル・シネマ

次回:【ミニシアター再訪】第30回 エピローグ



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書にウディ・アレンの評伝本「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



※本記事は、2013年~2014年の間、芸術新聞社運営のWEBサイトにて連載されていた記事です。今回、大森さわこ様と株式会社芸術新聞社様の許可をいただき転載させていただいております。なお、「ミニシアター再訪」は大幅加筆し、新取材も加え、21年にアルテス・パブリッシングより単行本化が予定されています。

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