©2025「栄光のバックホーム」製作委員会
『栄光のバックホーム』、花火のようなきらめき【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.92】
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『栄光のバックホーム』(25)の映画評は避けるわけにいかないなぁと思っていたんです。それはもちろん僕が大の野球ファンだからでもあるけれど、僕自身が30代の頃、脳腫瘍を患ってキャリアの変更を余儀なくされたことがあるからです。だから本作の主人公、阪神・横田慎太郎選手の報道はずっとチェックしてきました。横田選手はプロ入り4年目、2017年の春季キャンプ中に頭痛などの症状を訴え、脳腫瘍が発覚、それから闘病の日々を送った未完の大器です。父の横田真之さんもロッテで活躍した強打者で、つまり親子鷹ですね。走・攻・守三拍子揃った逸材として将来を嘱望されていました。
本作は横田慎太郎選手が郷里鹿児島で甲子園を目指し、あと一歩届かなかった高校時代に始まり、プロ野球の世界に飛び込んで、努力を重ね、ついに「甲子園で野球をする」夢を叶えた感激を描き、しかし、これからレギュラー奪取しようという矢先に病魔に侵され、キャリアを断念せざるを得なくなる苦悶を忠実にドラマ化した映画です。映画を見ていて、医師から診断を告げられるシーンなど自分のときとそっくりだなぁと胸が痛みました。僕も到底受け入れ難くて、「今、大事なときなんです。先生、何とかしてください」と懇願した。診察室を出て、もうショックで立っていられないわけです。病院の階段に座り込んだ。なんで自分だけが‥、と思ってしまう。世界中みんな他の人はうまく行ってるのになんで自分だけがストップしてしまうのか。
横田選手と自分を分けたものは悪性腫瘍と良性腫瘍の違いだけです。つまり、僕はガンではなかった。といって頭のハチの大きさは決まっているので腫瘍が大きくなれば良性であっても厄介です。視神経の近くにできた腫瘍で、かつてなら失明の可能性があった。僕は当時、30誌近く連載を抱えていたんですが、ほとんど連載辞めさせてもらいました。それから手術、入院&休養の後、体力の限界まで机に向かう生活を見直し、ラジオの仕事を増やしたんです。もう以前の仕事のしかたは取り戻せなかった。それは自分なりには悔しいことでしたけれど、僕は死なずにすんだんです。診断を告げられて、良性か悪性かなんて選べないし、もちろん直前まで思ってもいないことだし、本当にたまたまですよ。本当にたまたま僕は生きている。
だから横田選手は僕なんですよね。僕だったかもしれないというのか。僕より事情がせつないのはエリート・アスリートじゃないですか。阪神の代打の神様、桧山進次郎の背番号「24」を受け継いだ期待の星だったんです。素材に恵まれ、技術を磨き、大勢のファンの前で活躍するほんの一歩手前でキャリアを失ってしまう。リハビリ明け守備練習に就いて、モノが二重に見えてしまう症状に苦しみ、「僕は、野球が、嫌いです‥」とこぼすシーンがあるんですが、これはたまらなかったですね。外野フライが怖い。かつて簡単にできていたことができない。もう自分じゃないような気がするんです。あんなに好きだった野球が、嫌いになっている。

『栄光のバックホーム』©2025「栄光のバックホーム」製作委員会
キャスティングがめちゃめちゃ豪華ですね。母、横田まなみ役に鈴木京香、父、横田真之役に高橋克典もすごいんですが、川藤幸三が柄本明だったり、掛布雅之が古田新太だったり、平田勝男が大森南朋だったりします。ていうか全部書ききれないけど、佐藤浩市とか萩原聖人とか、ちょっとぜいたくなくらいにじゃんじゃん俳優さん使ってる。これはまぁ、阪神タイガースの人気と横田慎太郎さんの人徳の両方でしょうね。この映画は華のある作品にしなきゃウソですよ。
ちょっと面白いことだなぁと思ったのは主演、横田慎太郎役の松谷鷹也さんですね。彼は実際の横田選手とご縁があった方(映画の後半、紹介されます)で、この役を演じるのは必然に思えるのですが、とにかくひたむきな「横田慎太郎」を好演しています。で、映画のなかでプロの壁にぶつかって横田選手が悩む場面があるんですね。悩んでる横田選手に平田勝男や掛布雅之がアドバイスする。これが二つの意味、ダブルミーニングに見えるのです。ひとつはもちろん物語の上の、「横田慎太郎がプロ野球の先輩からアドバイスを受ける」です。で、もうひとつは「新進気鋭の俳優、松谷鷹也が大森南朋、古田新太にアドバイスをもらう」です。僕らは川藤幸三の風貌、掛布雅之の物言い、平田勝男の人柄をよく知っている。役の上だと思っても、なかなか古田新太は掛布さんに見えないですよ。見えないんだけど、見えないからこそ「ひたむきに頑張る松谷鷹也」に言葉をかける先輩俳優のシーンが引き立つ。僕はとってもいいなぁと思った。
それから発見があったのは表題にもなった奇跡のバックホームです。ウエスタンリーグの福岡ソフトバンクホークス戦、横田慎太郎は最後の雄姿をファンの目に焼き付けます。センターの守備に入って鉄砲肩を披露、ホームでランナーを刺すのですが、そのときアウトになったランナーこそ、現在、北海道日本ハムファイターズで活躍する水谷瞬なのでした。まだソフトバンクで芽が出せずにいる頃ですね。後に現役ドラフトでファイターズ入り、交流戦史上最高打率でMVPに輝き、侍ジャパン入りを果たすというライジングスターです。横田慎太郎と水谷瞬の人生がホームプレート上で一瞬重なり合う、花火のようなきらめきを思います。どうかこの作品が多くの観客に届きますように。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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