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『Wの悲劇』俳優と役の境界を超え、アイドル映画の究極として語り継がれる理由とは?

(C) KADOKAWA 1984

『Wの悲劇』俳優と役の境界を超え、アイドル映画の究極として語り継がれる理由とは?

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アイドルの自分に別れを告げる瞬間



 その角川からの独立を重ね合わせて、『Wの悲劇』を観ると、改めて一人の女優のターニングポイントを実感できる。 


 主人公・三田静香は劇団の研究生で、劇団の公演「Wの悲劇」で小さな役をつかむ。劇団の看板女優で同作の主演を務める羽鳥翔が大阪公演の際に、愛人を腹上死させてしまったことで、静香は彼女の身代わりとなり、その代償として「Wの悲劇」で重要な役を与えられるのだ。演出家や共演陣の反対も、大女優・翔の提言には逆らえない。


 映画史に残る名作『イヴの総て』などを彷彿とさせる、スキャンダルを逆手にとった女優の「タナボタ大逆転」物語。ピュアな素顔と、突然の劇的な運命に巻き込まれる苦悩、さらに秘められていた野心のめばえなど、静香の複雑な心境変化を演じることは、薬師丸にとっても相当の覚悟が必要だっただろう。演じるうえでの俳優としての不安と恐怖。それが静香という役の体験と、ピタリと重なっているのは、『Wの悲劇』を観れば一目瞭然だ。


 スキャンダルを乗り越えて、初めて大役を演じきったとき、本来なら大女優の羽鳥翔が一人で立つはずの最後のカーテンコールを、静香が「今夜だけよ」と譲られる。満席の場内からの大喝采を受け、精一杯、両手を広げて応える静香の、何とも言えない万感の表情は、薬師丸ひろ子がこの難役をやりとげた喜びとシンクロし、心が震えずにはいられない。


 その後のシーンで、静香は劇場の裏口から階段を下りてくるのだが、この階段は旧・東京宝塚劇場の裏階段である(チケット売り場は帝国劇場が撮影で使われている)。宝塚劇場といえば、大階段を男役と娘役のトップが下りてくる演出が有名で、まさに静香の大女優への「階段」にうってつけの撮影場所だった。


 世良公則が演じる不動産屋、森口との恋も描かれるこの『Wの悲劇』は、舞台とは別にもうひとつのカーテンコールも用意する。舞台では感極まっていた静香だが、そのもうひとつの一礼での表情は、なんとも複雑。さまざまな感情が交錯するのが伝わってきて、こちらのシーンも感慨深い。この『Wの悲劇』を終えて独立した薬師丸ひろ子が、自分をここまでの女優に育て上げてくれた角川春樹への思いが詰まっている……と読み取ることもできる。


 大女優・羽鳥翔役の名演が現在でも語り草になっている三田佳子とともに、薬師丸ひろ子は『Wの悲劇』で多くの映画賞を受賞、またはノミネートの栄誉を受けた。いま改めて観直すと、アイドル女優に自ら別れを告げようとする彼女の強烈な覚悟が全編から感じられることだろう。




文: 斉藤博昭

1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。スターチャンネルの番組「GO!シアター」では最新公開作品を紹介。 



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『Wの悲劇 角川映画 THE BEST』

価格 ¥1,800+税

発売元・販売元 株式会社KADOKAWA

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