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『それから』韓国の異能監督ホン・サンス×主演女優キム・ミニのクセになる映画世界 ダメ恋愛の行間から人生の真実味がにじみ出す
唯一無二に深化したホン・サンス・スタイルで魅せる珠玉の新作群
最後に、今回公開されるホン・サンス×キム・ミニの他の作品についても簡単に触れておきたい。『夜の浜辺でひとり』(6月16日公開)は『それから』の前に撮られた2017年作品で、既婚の映画監督との恋愛に傷ついた女優の話(またそんな話かよ!と、どうぞツッコんでください)。前半30分はドイツのハンブルグで撮影されており、本作でキム・ミニは韓国人女優としては初となるベルリン国際映画祭の主演女優賞(銀熊賞)に輝いている。
『夜の浜辺でひとり』予告
続く公開作『正しい日 間違えた日』(6月30日公開)は、ホン・サンスとキム・ミニの初めてのコラボレーションとなった2015年作品。要はふたりが付き合うきっかけになった一本で、内容は既婚の映画監督が、上映会の講義のためにやってきた街でキム・ミニ演じる美女をナンパする顛末を描くもの(はい、またツッコんで!)。ただし話法をひねっており、同じような一日の男女の出会いの様子を、前・後篇的にツーパターン順番に描いてみせる異色の二部構成。同じ人物が同じ行動原理で動きながらも、ちょっとしたタイミングや瞬間の判断で運命はがらりと違ってしまうことを、恋愛コント風の形で示している。
『正しい日 間違えた日』予告
筆者はこのコンセプチュアルな形式を持つ『正しい日 間違えた日』が、今回のいちばんのお気に入りだ。本作が提示する「一日」の連鎖や積み重ねが決定していく人生のメカニズムは、『それから』の世界観にも完全に通底するものであろう。
そしてトリを飾る『クレアのカメラ』(7月14日公開)は、フランスの至宝と呼ばれる名女優、イザベル・ユペールを『3人のアンヌ』以来五年ぶりに迎えたもの。彼女とキム・ミニのW主演の形を取った69分という中篇サイズの映画だ。
こうして考えていくと、本当にホン・サンスは唯一無二のスタイルに向かって進化、というより深化を果たしているように思う。かつては日記、恋愛、会話といったモチーフの共通性などからフランスのエリック・ロメール監督のフォロワー的な印象が強かったが、もうその領域は突破しているだろう。「ほぼ同じ話」を常連キャストで繰り返して描く、そして洗練させていくという意味では小津安二郎にも通じる。だが一方、小津のようなカチッとコントロールされた構築美とは大きく異なり、明確な脚本を書かず、一日ごとに断片的なシナリオをキャストに渡して現場で組み立てていく有機的な即興性を重視した演出手法を取っている。とはいえユルいフリーハンドではなく、先述のズームも含めたカメラワークは綿密に計算されたものだ。
『それから』© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
そこにキム・ミニという強力なパートナーが加わった。おそらく彼らは、例えばジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズのような、映画史に残る名カップルの一組として記憶されていくだろう。まったく奥の深い(そしてどうにも食えない)異能にして稀代の監督である。
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「メンズノンノ」「キネマ旬報」「映画秘宝」「シネマトゥデイ」などで定期的に執筆中。
『それから』
6月9日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次ロードショー
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公式サイト: http://crest-inter.co.jp/sorekara/
※2018年6月記事掲載時の情報です。