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『それから』韓国の異能監督ホン・サンス×主演女優キム・ミニのクセになる映画世界 ダメ恋愛の行間から人生の真実味がにじみ出す
漱石へのオマージュでもあるダメ男の痴話げんか劇『それから』
さて、いろんな意味で絶好調(?)のホン・サンスだが、今回の日本公開作品群の先陣を切る『それから』(6月9日公開)は、2017年カンヌ映画祭コンペティション部門に出品されたもの。毎度おなじみのホン・サンス節ながら、どこかネクストレヴェルを感じさせる傑作で、独特の成熟と洗練を極めゆく中、大人の爛れた味わいも備わっている。映像は端正なモノクローム。ホン・サンス作品では『次の朝は他人』(2011年)でも美しいモノクロームを見せた名手キム・ヒョングの撮影が素晴らしい。
ざっくり内容を説明しよう。主な舞台は個人経営の小さな出版社。社長は著名な文芸評論家でもあるボンワン(クォン・ヘヒョ)という男。そこに大学教授の紹介で、小説家志望の女性が秘書的な社員として勤めることになった。このアルムという名のヒロインをキム・ミニが演じている。
『それから』© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
ところがこの初出勤の日の午後、ボンワンの妻(チョ・ユニ)が乗り込んできて、アルムはいきなり殴られてしまう。どうやらアルムの前任者が、社長と不倫関係にあったらしい。そしてアルムはその愛人だと勘違いされてしまったのだ。なんで私がこんな目に!と憤慨するアルムだが、やがてボンワンの本物の愛人だったチャンスク(キム・セビョク)が姿を現す……。
たった一日のうちに、ダメ男と気の荒い女たちの痴話げんかの修羅場に思いっ切り巻き込まれるアルム。それをホン・サンスは、昆虫の生態でも観察するかのような簡素なタッチで淡々と捉えていく。カットを割らずに、ズーム機能でずいっと人物に寄っていくのが、ある時期から彼の文体のトレードマークになっているのだが、その手法などまるでスマホで盗撮しているようなノリ。
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この妙な軽みを帯びた叙述の“行間”から、ユーモラスな情感が醸し出されていく。ホン・サンスの身の上を考えると、自虐ギャグ的な味わいとも言えるかもしれない。
表面だけ取ってみれば、これは他愛ないラブコメだろう。しかし登場人物の愚かさから、なにかのっぴきならない人間の真実味がにじみ出す。例えば、世間では知的とされ、それなりの尊敬も集める男が、一皮剥けば幼く醜悪なエゴイストぶりを曝け出す。ぐだぐだの男女模様の奥に、チラチラと顔を出す諦念や達観、あるいは虚無。そこらへんの日常の光景に、どうしようもない人間の業を凝縮して見出すのがホン・サンスの流儀だ。
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この『それから』というタイトルは、夏目漱石の小説『それから』へのオマージュであり、韓国版の翻訳本が劇中アイテムとしても登場する。漱石の『それから』は、高等遊民と呼ばれる役立たずのインテリ男――裕福な実家のカネで暮らす、読書と悩むことが仕事のような(つまり無職の)青年(と言っても30歳間近)が、友人の妻への恋心に悶々とする三角関係のお話だ。いい年したおっさんの三角関係と、そのとばっちりに合う美女の災難を描いたホン・サンスの『それから』は、卑小さを際立たせた漱石のパロディのようでもある。
この映画の凄みがとりわけせり上がるのが、エピローグ的なオチだ。これはぜひ実際に映画を観て確認して欲しい。「人生そんなものさ」とでも蒼ざめた顔で言うしかない、絶望的な認識のすれ違い。余りにもあっけらかんとした、根の深すぎる人間と人間の断絶に、思わず気が遠くなる。人生は明るさを呑み込むほど重いのか、それとも耐えられないくらい軽いのか――。