©2023 Gaga Corporation/J Storm Inc.
『#マンホール』の不条理性【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.21】
PAGES
- 1
オンライン試写で『#マンホール』(23)を見た。Hey! Say! JUMP中島裕翔主演の話題作、ジャンル的には心理サスペンスでいいかと思う。これはもう設定がすごい。「結婚式前夜、幸せの絶頂から一転、マンホールに転落してしまった一人の男」(試写状より)の物語なのだ。そんな極端なシチュエーションってあるだろうか。つまり、映画は全編ほぼマンホールの中で進行する。ベースは密室劇であり、中島裕翔さんの一人芝居だ。原案・脚本の岡田道尚氏、映像化した熊切和嘉監督はよくやったなぁ。これで行くという決断がハンパない。
それから中島裕翔さんの芝居!ストーリー展開や映像の工夫で「ジェットコースター・ムービー」に仕上げてあるとはいえ、ずーっと彼の芝居でもたせるのだ。暗いマンホールのなかで一人きり。絵もそうそう変化ないし、彼一人で心理的葛藤を表現し、ストーリーの緊張感を持続しなければならない。これは相当ハードル高いと思う。好演だ。「アイドルの主演作」という域ではない。
連想したのは『リミット』(10)というスペイン映画だ。こちらはほぼ全編、土に埋められた棺のなかで物語が進行する。主人公の男は気がつくと棺になかにいるのだ。手元には(自分のものでない)ケータイとライターのみ。『#マンホール』は一人芝居ベースなのに対し、『リミット』は(狭い棺のなか、身動きもままならないので)会話劇ベースになる。まぁ、「気づいたらいきなりマンホール」も「気づいたらいきなり棺桶」も荒唐無稽な状況だ。不条理設定といっていい。
そういう状況下におかれた主人公は何をするか。ひとつはもちろん助けを呼ぶ。ケータイ。モバイルフォンで外部と接触を試みる。これがあっさり救助されるようだとストーリーはそこで行き止まりだ。もちろんうまくいかない。助けを求めて主人公はパニックに陥り、イライラをつのらせる。
それからもうひとつすることがある。自分の置かれた不条理な状況を理解しようとする。「いきなりマンホール」「いきなり棺桶」というあり得ない状況がなぜ、誰によって、どのようにもたらされたのか。それがわからないとサバイバルのしようがない。何で自分はこんな目に遭っているのか。自分を陥れた者(犯人)は何が目的か。
『#マンホール』©2023 Gaga Corporation/J Storm Inc.
試写状の惹句を見ると「幸せの絶頂」から「どん底」への転落というワードが用いられている。ま、マンホールに落ちたのだから物理的に「どん底」なのだが、これはアナロジーだ。人生上のあらゆる不幸は「あり得ない」「不条理な状況」として身に降りかかってくるものだ。僕自身の出来事を例に挙げると、仕事が順調にいって連載紙・誌が10本を超え、J‐WAVEの担当番組も好評を博していた30代の半ば、脳腫瘍を宣告された。呆然自失である。慈恵医大病院の石段に座り込んでしまった。世界はみんなうまく回っているのに自分だけストップしてしまった。何で自分はこんな目に遭っているのか。
幸い手術がうまくいって僕は元気に暮らしている。だけど、穴に落ち込んで、一人ぼっちで心細かった記憶は鮮明だ。僕はあの頃、心のなかでずっと「なぜ?」と問い続けていた。なぜ自分だけが? なぜこんなことに? なぜ今、この大事なときに? なぜ? なぜ? つまり、実際のところ突然降りかかってくる不幸の類いは「いきなりマンホール」「いきなり棺桶」とそう大差ない。すべての災難は当事者にとっては不条理だ。そして不条理とわかっていても人間は問いを投げてしまう。なぜ? なぜなのか?
たぶん不幸や絶望は自分の位置を知る「足場」になるのだと思う。正確にできるのかどうかはわからないが、皆、その「足場」から世界の成り立ちを算定する。この不幸、この絶望がどのような仕組みでもたらされたのか知ろうとする。それを知ろうとせずにはいられない生き物なのだ。だから皆、中島裕翔さんと同じことなのだ。マンホールの底で、なぜ?と、もがき続ける。
僕が感心したのは『#マンホール』のモバイルの使い方だ。シチュエーション上、「何者かに監禁された」も同然の主人公がモバイルを縦横に駆使する。まず映像で自己確認する。結婚前夜のバチェラーパーティー(独身最後の夜宴)の映像を仔細にチェックし、誰か自分の飲み物に眠り薬を混入した者がいないか見ていく。「何で自分はこんな目に遭っているのか」の答え合わせが映像的・即物的だ。主人公は90年代生まれという設定だが、あー、そういうもんかも知れないなぁと説得力があった。先程の言い方をすれば「足場」を(言葉や情念でなく)映像で確認したのだ。
それからSNSを使って、自分の抱える問いをネットの海へ投げる。裏アカを作って、集合知によってマンホールの場所、犯人を特定しようとする。が、ネットは容易に暴走する。その噴き上がる炎熱は主人公の内面をも巻き込んでしまう。このくだりがとても面白かった。皆、「正義に乾杯!」を合言葉に狂奔していく。だから、マンホールの底であがく、その「あがき方」がとても今日的なのだ。
まぁ、以上、ネタバレを防ぐ意味でものすごーくアウトラインだけを語った。アウトラインだけでも『#マンホール』のチャレンジングな姿勢はおわかりいただけたかと思う。それにしても結末は意外だった。あんなことになってあんなことになるとはなぁ。書かないけど。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
『#マンホール』を今すぐ予約する↓
『#マンホール』
2月10日(金)TOHOシネマズ日比谷 他 全国ロードショー
配給:ギャガ
©2023 Gaga Corporation/J Storm Inc.
PAGES
- 1