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『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』、屈しない生き方【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.33】

© 2020 – MARVELOUS PRODUCTIONS - FRANCE 2 CINÉMA - FRANCE 3 CINÉMA

『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』、屈しない生き方【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.33】

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 読者の皆さんはシモーヌ・ヴェイユを知っていますか?日本人にはあまりなじみがないですよね。僕も「ヴェイユ法」という名前でかろうじて知ってるだけです。2017年にパリで亡くなったとき、フランスで国葬になり、パンテオン(18世紀に教会として建設され、後にフランスの偉人を祀る墓所となる)に合祀されたのが大きなニュースになりました。そのとき、しきりに登場したワードが「ヴェイユ法」。1974年、フランスで初めて人工妊娠中絶の合法化を勝ち取り、女性の権利拡大に尽力した政治家です。中絶法は彼女の名を冠して「ヴェイユ法」と通称されるようになった。後に欧州議長まで務めていますから本当のビッグネームです。フランスの国民的政治家。


 だけど、映画『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』(22)を見るのにそう大した予備知識は必要ないと思います。原題は「シモーヌ 世紀の旅」というのだそうですが、2つの世紀にまたがる彼女の心の旅、苦悩と闘いは「見ればわかる」ようになってる。このオリヴィエ・ダアンという監督さんはなかなかの手練れです。これまでもエディット・ピアフ、グレース・ケリーといったドラマチックな女性の映画をものにしてきたんですが、今回は「政治家の自伝的映画」でしょう。ちょっと地味かなぁと思うじゃないですか。それが上手く撮れてるんだ。「2022年フランス国内映画 年間興行成績NO.1」だそうですよ。ハイブローな知識階級向けじゃなく、誰にでもわかる王道メジャー作に仕上げてある。だから、たぶんシモーヌ・ヴェイユという名前を知らない人の共感も得られると思います。



『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』© 2020 – MARVELOUS PRODUCTIONS - FRANCE 2 CINÉMA - FRANCE 3 CINÉMA


 これは心震わせ、世界を変えようと奮闘した女性の物語です。


 「世界を変える」って今はM-1王者を語るときの常套句ですよね。これまでさっぱり売れなくて、生きてるのか死んでるのか、自分の存在意義すらわからなくて、それでも漫才しかないから漫才にすべてを懸ける、というような有り方。お笑いで「世界を変える」「人生を変える」とはそういう闘いです。これは示唆に富んでると思うんですよね。今、この閉塞感のある日本の社会のなかでも何かを変えるっていうのは闘いです。闘っているから芸人さんたちはキラキラ輝いている。闘わないで得られるものはない。


 20世紀フランスで生まれたシモーヌはなぜ闘うことになったのか。何と闘ったのか。


 映画は南仏ニースで自伝のために過去を回想する「功成り名を遂げたシモーヌ・ヴェイユ」から始まります。シモーヌ役はエルザ・ジルベルスタインという人が演じているんですけど、この人がいいんですよ。品格がある。魅力がある。「功成り名を遂げたシモーヌ・ヴェイユ」って、つまり歴戦の勇士じゃないですか。歴戦の勇士がこんなに物静かで、やわらかい印象の人物だなんて普通は想像しない。


 で、映画は彼女の様々な時代を行きつ戻りつしながら、シモーヌ・ヴェイユがシモーヌ・ヴェイユになるまでの旅を見せていきます。彼女はパリの「同化ユダヤ人」(現地に同化し、ユダヤ教の戒律に従わない者)の家庭に生まれるんですね。父親はフランスの「自由・平等・博愛」の理想を信奉するモダニストだった。が、それはナチスドイツのフランス侵攻によって打ち砕かれます。シモーヌの原点はここでした。収容所生活を経験し、肉親を失い、かろうじて生き残ったというのに、戦後は「親衛隊と寝て生還したのか?」といわれのない蔑視を受けるような過酷な境遇。収容所からの生還者には「黙って生きろ」という空気の抑圧がありました。



『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』© 2020 – MARVELOUS PRODUCTIONS - FRANCE 2 CINÉMA - FRANCE 3 CINÉMA


 屈しない生き方しか、生きる術(すべ)がなかったんだと思います。屈してしまったら亡霊と同じです。生きてるのか死んでるのかわからない。一生、収容所の記憶に閉じ込められ、従順な、魂の囚人として生きながらえることになる。


 屈しない。自分を曲げない。そして、社会的弱者の側に立つ。


 それはシモーヌにとって必然だったと思います。彼女は強姦などで望まない妊娠をした女性のため、議会で中絶法制定の論陣を張る。「女性の権利委員会」を組織する。移民やエイズ患者、劣悪な環境にあった服役囚のために奔走する。それは客観的に見れば「政治活動」であり、「闘い」なんですけど、映画を通して見ると、屈しない生き方そのものです。


 あ、印象的なシーンがあるんですよ。戦後の話。シモーヌの3番目の息子がイスラエルに住んでるんですね。彼女は成人した息子を訪ねていき、その恋人の女性にイスラエルに残ることを勧められるんですね。もちろんイスラエルはユダヤ人が建国した理想郷です。するとシモーヌは言うんです。「私が闘う場所は欧州なの」。それは深い決意ですよね。


 映画のクライマックスは『パリ・マッチ』誌(アウシュビッツ解放60周年特集)の依頼で、2004年、再び収容所を訪ねるシーンです。シモーヌは家族、子や孫たちを連れてアウシュビッツに立つ。そのときのエルザ・ジルベルスタインの演技が秀逸です。映画でこれまで「見ればわかる」を続けてきた悲劇や闘いの一切合切を、この俳優さんは全身で受け止める。素晴らしい表情をします。その説得力!



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido




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『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』

7月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー!

配給:アット エンタテインメント

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