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『ファッション・リイマジン』、冒険と挑戦の旅【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.37】

(C)2022 Fashion Reimagined Ltd

『ファッション・リイマジン』、冒険と挑戦の旅【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.37】

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 タイトルの「リイマジン」は再・想像です。再び考える。再び思い描く。


 イギリスの気鋭のデザイナー、エイミー・パウニーがサステナブル・ブランド「ノーフリルズ(映画の字幕では「ノーフリル)」を立ち上げるまでを追ったドキュメンタリー映画です。今、「デザイナー」と紹介したわけですが、資料では「ファッションブランド、マザー・オブ・パールのクリエイティブ・ディレクター」となっています。彼女は2017年、イギリス最優秀新人デザイナー賞を受賞していますから、デザイナーで誤りはないんですが、この映画を見ると確かにとてもデザイナーという範疇におさまる活動じゃないなぁと思います。エイミー・パウニーはもちろんデザイン画を描き、僕らがイメージするデザイナーの仕事もするんですが、それ以上に「ファッション」を再定義します。


 映画のなかで紹介されるのですが、ファッション業界を国家だと考えた場合、そのCO2排出量は中国、アメリカに次ぐ「世界第3位」に相当するそうです。また化学染料は環境汚染を引き起こし、化繊は海洋にひろがるマイクロ・プラスチックの主因のひとつと考えられている。「ファスト・ファッション」の流行は社会階層を脱構築する(=低所得層もファッションを楽しめる)ようなプラス面ももたらしましたが、一方でコレクション数をウルトラ化させて(春夏の前に「プレシーズン」のコレクションが発生し、大手ブランドは年間12シーズンのラインを用意するようになった)、大量消費・大量廃棄の時代を到来させる。


 「ファッション」は酷い環境負荷をもたらすのです。それが現実。


 エイミー・パウニーとスタッフ、クロエの旅が始まります。僕はちょっとドラクエみたいに「ぼうけんのたび」を連想してしまった。やってることは本当にドラクエみたいに、村人と話し、情報を得て、「ぶき」を手に入れる、だったりするんです。彼女らは素材選びの根本から考え直し、ウールとコットンの原産国を訪ねます。トレーサビリティ(追跡可能性)を重んじるんですね。ほら、よく道の駅なんかで売ってる野菜に生産者の写真や名前が付いてたりしますよね。ああいう感じです。消費者が知りたいと思えば、どこで誰が羊を育て、どこでどういう方法で羊毛になり、どこで織られ、どういう流通経路を経て製品化されたか、追跡可能だということ。2人は名前だけの「オーガニック素材」には納得しない。自分の目で見て、確かめた製品工程を一からつくり上げるべく奮闘する。



『ファッション・リイマジン』(C)2022 Fashion Reimagined Ltd


 僕は2人が良質な羊毛を求めて、ウルグアイの牧場を訪ねるくだりが好きですね。自然豊かな光景がそもそもいいんですが、2人とも「自分がここにいるなんて考えもしなかった」という感じでちょっと笑っちゃってるというか、めちゃめちゃ機嫌いいんです。ドラクエの喩えをもう一度用いるなら、2人の「サステナブル勇者」がですよ、「さいきょうのようもう」を求めて、何だかよくわからない行きがかりで南米ウルグアイを旅するわけです。なるほど、ドラクエのパーティーも色んな王国を旅しながら、ちょっと笑っちゃってたかもしれないなと思います。


 もちろん映画的には「苦心惨憺の末、『ノーフリルズ・コレクション』は大成功をおさめ、エイミー・パウニーは賞賛を浴びる」という結末になっていくんですが、この映画の魅力はとにかくその過程、冒険と挑戦の旅の部分ですね。エイミーたちがどんなに真剣か、世界がいかに無理解であり、彼女らがそれを変えていったかがつぶさに見て取れる。僕は今週、『ブリング・ミンヨー・バック』という民謡クルセイダーズの映画を見てきたばかりですけど、この時代、面白いことをやってる人には共通の意識があるように思えます。大きな資本主義に乗っからず、できる限り小さいサイズの、信頼できる人間関係を繋げていく。商業主義に抗い、手作りのプロダクトサイズを守る。


 というわけで僕は『ファッション・リイマジン』に大変好意的なんですが、アラも指摘したいと思います。「この映画の魅力はとにかくその過程、冒険と挑戦の旅の部分」と申し上げましたが、そこはもっと掘れたんじゃないかと思うんです。いや、このままでも面白いんですよ。言いたいことがいっぱいある映画だから、このくらいテンポよく編集した方がいいだろうとも思います。だけど、僕のモノサシではスムーズに行き過ぎる。エイミーたちの逡巡がもっとあっていいし、ひょんなことから道が開けたときの喜びがあっていい。このドキュメンタリーはとてもナレーティブなのです。「意識高い系のナレーション」がエイミーたちの軌跡をガンガン説明していく。僕はナレーションでなく、エイミーたちの発見やブレイクスルーを通して「説明してること」の実際を知りたかった。つまり、(僕のモノサシでは)映画の作りがちょっとお利口さんなんですね。


 速水健朗さんの『フード左翼とフード右翼 /食で分断される日本人』(朝日新書)を思い出しました。オーガニック食材を選ぶ、意識高い系の「フード左翼」と、牛丼やラーメン、ハンバーガー等、ファーストフードを好む「フード右翼」を概念規定して、その食生活や行動様式を考えていくという、とても面白い本でした。その伝でいけばエイミーたちの「ノーフリルズ・コレクション」は意識高い「ファッション左翼」ですよね。で、「フード左翼」のときと同じ批判が成り立つと思います。それを実現するにはコストがかかる。そのコストを賄えるのは高所得層のスノッブやセレブ、インテリばかりだ、etc。


 そうなのです。「ノーフリルズ・コレクション」はサステナブル&ハイファッション・ブランドなんですね。価格帯も高い。顧客は女優や著名な料理家といったセレブです。映画の後半、そういう諸々がブランドの成功として取り上げられる。それは悪口を言う人から見れば、鼻持ちならない態度かもしれません。「所詮は(SDGsを気取りたい)意識高い系スノッブの道楽じゃないか」という風に。


 エイミー・パウニーの冒険と挑戦の旅は、これから人々の消費行動を変えていくところまで続くのだと思います。そうでなくてはならないでしょう。「意識高い系」だけでなく、少なくとも「意識フツー系」のところまで浸透していきたい。だから、これは「はじまりの映画」ですね。僕はそういう風に見たんですよ。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido




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『ファッション・リイマジン』

9月22日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

配給:フラッグ

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