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『センチメンタル・バリュー』演技や感情は何のために彫刻されるのか?

© 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE

『センチメンタル・バリュー』演技や感情は何のために彫刻されるのか?

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『センチメンタル・バリュー』あらすじ

オスロで俳優として活躍するノーラと、家庭を選び息子と夫と穏やかに暮らす妹アグネス。そこへ幼い頃に家族を捨てて以来、長らく音信不通だった映画監督の父・グスタヴが現れる。自身15年ぶりの復帰作となる新作映画の主演をノーラに依頼するためだった。怒りと失望をいまだ抱えるノーラは、その申し出をきっぱりと拒絶する。ほどなくして、代役にはアメリカの人気若手スター、レイチェルが抜擢。さらに撮影場所がかつて家族で暮らしていた思い出の実家であることを知り、ノーラの心に再び抑えきれない感情が芽生えていく──。


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演技の喜びと苦しみ



 演技とは、なんと楽しく、なんと苦しく、なんと美しいのだろう!と感嘆する。『センチメンタル・バリュー』(25)のノーラ(レナーテ・レインスヴェ)は、演技による再現性、想像力、その可能性と不可能性の間で激しく引き裂かれている。俳優のノーラは、演技によって他人の視線、人生を獲得することの醍醐味を語る。しかし、同時にひどく怯えている。


 ボルグ家が第二次世界大戦時から代々継承してきた美しく不穏な家屋の歴史を紹介するシーンに続き、舞台恐怖症でパニックになるノーラが、ユーモラスに描かれる。パニックに陥ったノーラは、わがままな子供のように振舞う。舞台監督のヤーコプ(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)に、自分をビンタするよう要求する。それは楽屋と舞台をつなぐ通路で起きる。小さい頃のノーラが、ストーブに耳をそばたてて、煙突の配管から下の階の大人たちの会話を盗み聞きしていたように、こちら側と向こう側の世界は、確実につながっている。楽屋というこちら側の世界を“人生”、舞台という向こう側の世界を“芸術”という言葉に言い換えることもできるだろう。人生と芸術が切り離せないことは、ノーラとグスタヴが証明することになる。


 家族をほったらかしにしてきた父グスタヴ(ステラン・スカルスガルド)が、妻の葬儀に参列するために帰還する。映画作家のグスタヴはノーラに脚本を見せる。ノーラを主演にすることを想定して書かれた脚本だ。グスタヴにとってこの脚本は、娘に向けられた和解の提案である。ノーラは脚本を手にすることなく、拒絶する。グスタヴは親密な身振りでノーラに近づいてくる。それは娘との距離を理解した上での“パフォーマンス”なのだろう。しかし、父との再会のシーンにおけるノーラと妹のアグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)のアイコンタクトが示すように、ノーラは父親の親密な身振りを白々しく感じている(対照的に、姉妹はアイコンタクトだけで会話ができる)。



『センチメンタル・バリュー』© 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE


 目の前にいる父親をどこまで受け入れることができるのか。それとも徹底的に許さないのか。前半のカフェのシーンにおけるレナーテ・レインスヴェの演技は圧倒的だ。ここでの演技が、映画全体のトーンを決定づけていると感じるほどに。グスタヴの声を聞いているときの、ノーラの少ない身振りや視線の揺れの中に、このキャラクターが背負ってきた歴史の重さ、余韻を感じることができる。視線に苦しさが滲んでいる。ノーラの沈黙は言葉以上に多くのことを語っている。この演技には、慎ましさと大胆さが共存している。ヨアキム・トリアーは、発話と同じレベルか、もしくはそれ以上に、ノーラが人の声を聞くときの表情を捉えていく。前作『わたしは最悪。』(21)でも強烈な印象を残した、レナーテ・レインスヴェによる“沈黙の演技”、“聞く演技”の破壊力は、『センチメンタル・バリュー』で更に押し広げられている。それはハリウッド俳優レイチェルを演じるエル・ファニングの演技にまで波及している。


 ノーラ、アグネス、グスタヴ、レイチェル。4人はそれぞれのタイミングで対峙する相手の反応に視線を投げかける。そして慎ましく口をつぐむ(自分勝手に見えるグスタヴでさえそうだ)。それぞれが多くのことに気付いてしまう繊細を持ち合わせているからこそ、押し黙る。この映画の観客は、彼らが言葉の外に置き去りにしている苦しみを察することができる。





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