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『シック・オブ・マイセルフ』、承認欲求の暴走【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.39】

© Oslo Pictures / Garagefilm / Film I Väst 2022

『シック・オブ・マイセルフ』、承認欲求の暴走【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.39】

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 雑誌編集者の友人と『シック・オブ・マイセルフ(22)』の話をしたんですよ。友人は公開後、さっそく新宿武蔵野館で見て来た。僕はオンライン試写で見た。開口一番、「相当面白いよね」ということで衆議一決した。ノルウェー・スウェーデン・デンマーク・フランス合作映画。舞台はノルウェーです。現代美術アーティストのトーマスを恋人に持つシグネ(クリスティン・クヤトゥ・ソープ)が主人公です。北欧のアート関係の人間模様って、僕らと縁遠いじゃないですか。クリスティン・クヤトゥ・ソープって女性俳優も知らないし、大丈夫かなと思う。その点、僕も友人も同じでした。


 「知らない女優さんでしょ。ノルウェーも行ったことないし。これ、とっつき悪いよね」

 「カンヌ(第75回カンヌ映画祭)の『ある視点』で上映されたって聞いて面白そうかなと思いました。あと公開日に見た人がけっこう衝撃的だってSNSで上げてて、週末見に行くことにしたんです」


 ズバリ、友人は正しかったんです。北欧が縁遠いとか何とか、そんなもん吹っ飛ばす勢いが『シック・オブ・マイセルフ』にはありました。僕らは「爆裂・承認欲求娘(?)シグネ」に完全に持っていかれることになります。


 「シグネ、すごくなかった? なかなかあそこまで突っ走る女性って描かれないでしょ。でも、今のインスタとか、SNSの普及した社会なら十分あり得ることだぞってみんなピンと来る。知らない女優さんっていうのも何となくリアリティーを醸し出してていいよね。あれ、もし邦画で、知ってる女優さんだったら、うーん、わかんないけど松岡茉優とかだったら、あー、これはあくまでフィクションなんだな感が先に立って…」

 「あ、でも『勝手にふるえてろ』(17)の松岡茉優をちょっと連想しましたよ。自分の主観っていうか思いだけで突っ走る感じ。あのときの松岡茉優は怪演でした」


 つい松岡茉優さんの名前を出したんですが、意外とつながりがあるようなないような。そうなんです、『シック・オブ・マイセルフ』のシグネは自分の思いだけで突っ走るというか、自己愛全開というか、ものすごくタチの悪い女性として描かれてます。アーティストの彼が世間の注目を集め始めたのをねたんで、嘘をつき、自分に注目が向くように仕向けるのです。



『シック・オブ・マイセルフ』© Oslo Pictures / Garagefilm / Film I Väst 2022


 「ネットでロシアの禁止薬物の副作用のニュースを見つけて、わざわざ通販で購入し、常用して体調をおかしくするでしょ。皮膚炎で顔が変わってしまって、あれで世間から注目受けても、もう美しい顔じゃないよね。ああいう注目でいいのかなと思ったけど」

 「みんなからかわいそうだと思ってもらいたいっていうのがあるんだと思います」

 「あ、かまってちゃん的な?」

 「まぁ、副作用はだんだん進行して顔が変わるところまでいくんですよね。嘘をつき始めたらもう引っ込みがつかなくなって、嘘に嘘を重ねてあそこまでいくっていうか」

 「興味深いのはかわいそうと思われるだけじゃなく、『病気のハンデを抱えてモデルとして輝く自分』とか『SNSで注目されたいばかりに禁止薬物にまで手を出した現代社会のひずみとしての自分』を打ち出して、世俗的な名声を勝ち取るのも夢見てたよね? メディア露出や独白本の出版まで夢想していた。あそこがすごいね。皮膚炎で醜く顔が変形してしまっても、それを隠したいんじゃなく誇示したい。自分語りのネタにしたい」

 「そうですね、たぶん闘病記や自己啓発本みたいの出して、感動的なストーリーを伝えたいんでしょうね」


 そのとき、僕は自分が少年野球チームで詐病をした話をした。小学生の頃だ。けっこうハードなチームで僕は練習をサボりたかった。で、肩が痛いフリをしたのだ。ノックを受けてる途中、返球のとき地面にボールを放り出してしまう。肩をだらーんと下げて、顔をしかめる。これが意外なほど効果があった。コーチがすっ飛んできて、チームのみんなもやたらと心配してくれる。人が集まって、ちょっとしたヒーローみたいになった。まぁ、まるっきり嘘だから心苦しいのは心苦しいんだけど、みんなの話題の中心になる感じが嬉しいとも言える。あれ、しばらくときどきだらーんとさせてみてたんだよな。急に治ったら変だと思うし、肩が痛いフリしてノックをサボった。


 「そのときの感じがシグネに似てると思うんだよね。詐病のおかげで自分だけみんなと違う立場になれる。自分だけ特別にきつい練習がパスできる。木陰で見学するんだよね」

 「うはー、サイテーですね」

 「いや、まぁ僕は転校生だったから‥。転校生って基本的に嘘つくんだよね。前の学校ではピッチャーだったとか。前の学校のことを誰も知らないわけだから、転校のたびに自分をロンダリングできる。フツーの子は席替えとかクラス替えが変身するチャンスでしょ。転校ってそれのデカいやつだから」

 「転校生はそういう経験を幼い頃からするんですか」

 「そうなんよ、変な話、子どもって自我が固まってないから嘘ついてるとその嘘の自分になれたりする。『前の学校で優等生だった』ってフリしてるうちに本当に成績が良くなったり」


 『シック・オブ・マイセルフ』のシグネは自己顕示欲と自己承認欲求にからめとられて、現実社会のなかで孤立していく。それが結末でどうなるかはここには書きません。嘘の自分、演じている自分が仮面のように張り付いてしまうのか。それとも破綻して自壊していくのか。


 ただものすごくいいところ突いてる映画だと思いました。誰もシグネほど極端じゃないかもしれないけど、シグネに近い感性は持ち合わせている。僕は自分の社会的パーソナリティーが何回目かの転校のとき、新しいクラスでウケが良かったから身についた部分があるような気がしてるんです。その発端は嘘っていうか演技だったような。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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『シック・オブ・マイセルフ』

絶賛上映中

配給:クロックワークス

© Oslo Pictures / Garagefilm / Film I Väst 2022

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