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『SISU/シス 不死身の男』、ガチで不死身【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.40】

© 2022 FREEZING POINT OY AND IMMORTAL SISU UK LTD. ALL RIGHTS RESERVED. 

『SISU/シス 不死身の男』、ガチで不死身【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.40】

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 『SISU/シス 不死身の男』(22)は見応えありました。サブタイトルに「不死身の男」とあっても、程度問題ってあるじゃないですか。これが本当に死なないんだ。フツーなら死んでるだろうって酷い目に遭っても闘い続ける。『ゴールデンカムイ』の「不死身の杉元」と本作の主人公アアタミ・コルピ(ヨルマ・トンミラ)はガチで不死身と思った方がいい。その不死身さというか、不屈の闘志がこれでもかこれでもかと描かれる映画なんです。「アクション映画」でもあるけれど、僕は「これでもか映画」だと思う。アクション自体よりも「これでもか」の方に注力されてる作品。


 それもそのはずでタイトルの「SISU」っていうのはフィンランド人の不屈の闘争心を指す言葉なんですね。折れない心、意志の強さ、決して安易な道に逃げないガッツ、そういう意味合いなんです。


 日本だと戦いの美意識って潔さみたいなところに行きつくじゃないですか。「美しく散る」とか。フィンランドは徹底抗戦ですね。美しいとか美しくないとかはどうでもいい。絶対にあきらめない。さすがロシア(ソ連)と隣り合って生き抜いてきた小国のタフネスです。


 読者の皆さんはフィンランドというとムーミンだったりマリメッコだったり、白夜やオーロラだったりする森と妖精の国をイメージすると思うんです。僕はたまたまアイスホッケー好きなのでぜんぜん違うイメージです。「SISU」って感じも何となくわかる。僕は日光アイスバックスというプロチームのスタッフ(ディレクター)をやってるんです。


 アイスバックスは海外の提携チームを2つ持っていて、1つはアメリカ(NHL)のニューヨーク・アイランダース、もう1つがフィンランド(Liiga)のイルベス・ホッケーオイです。僕自身、ヘルシンキまで試合を見に行ったことがあるし、先年までアイスバックスのヘッドコーチはアリペッカ・シッキネン氏、外国人プレーヤーもペッテリ・ヌメリン等、フィンランド人で固めていました。つまり、フィンランド人の闘争心、折れない心については肌感覚で知り得る立場にあった。


 フィンランド人にとってアイスホッケーは国技です。例えば相撲や柔道で日本人はフィンランド人に負ける気がしないでしょう(実際にはヨーロッパ柔道は強くなっていますけど)。フィンランド人にとってホッケーはそういうものです。サッカーより圧倒的に人気があります。で、仮想敵があって、それはロシアなんです。身体のデカいロシアに打ち勝つのが何よりの喜び。それは「冬戦争」以来の闘いの歴史がそうさせてるんですね。フィンランドにとって「生き抜く」とは、煎じ詰めればロシアに打ち勝つことだった。


 だからフィンランド人ホッケー関係者と話すと、ロシアの悪口がいくらでも出てきます。もう、ちょっと笑っちゃうくらい気に入らないらしい。フィンランド人は比較的小柄な人が多いんですが、スキルやパスワークでロシア人を翻弄し、幻惑するホッケースタイルを最上とします。



『SISU/シス 不死身の男』© 2022 FREEZING POINT OY AND IMMORTAL SISU UK LTD. ALL RIGHTS RESERVED. 


 で、『SISU/シス 不死身の男』に話を戻しますけど、映画に出てくる悪役はロシア軍じゃないですね。映画の時代背景は第2次大戦末期の混乱のさなかですが、敵役は当時の言い方でいう「ソ連軍」じゃなく、「ドイツ軍」です。主人公アアタミの「SISU」は宿敵ロシア(ソ連)ではなく、ドイツへ向けられる。映画の惹句通り「ツルハシ1本でナチスを討つ」わけです。あ、これは誇張でも何でもなく、基本ツルハシなんですよ。それで戦車に立ち向かっていく。本作がフィンランド版『マッドマックス 怒りのデスロード』(15)や『RRR』(22)と評されたりするのはその無茶苦茶さが中毒性を持つからです。


 でも、ナチスドイツが敵なのには理由もあります。小国フィンランドは「冬戦争」以来ずっと続くロシア(ソ連)の脅威をかわすため、ナチスドイツと政治的妥協をする。「敵の敵は味方」というやつです。感覚としては戦国時代、上杉・北条・武田・今川・織田・徳川などに囲まれ、政治的取引を繰り返しつつ、勢力を保った真田家に似ていると思います。リアリズムですね。ソ連を退けるためにはナチスとも手を結んだ。


 で、『SISU/シス 不死身の男』は戦争の終わりが近づいている頃なんです。ナチスドイツは敗走している。フィンランドの町や村を焼く、いわゆる「焦土作戦」ですね。もう映画を見てもわかりますが、とんでもなく「卑劣な連中」です。いや、実際にもユダヤ人迫害、同性愛者迫害等で歴史的な非難を浴びてますが、この場合の「卑劣な連中」がカギカッコ付きなのは、監督さん(ヤルマリ・ヘランダー)がそういう演出をしてるんですね。とにかく下品で、粗野で、悪辣で、間抜け。悪役の「悪」の要素を全部盛りです。


 僕はサム・ペキンパーの悪役を連想しました。サム・ペキンパー映画はかなり荒っぽいというか残酷なシーンが連続するんですが、ひとつこの監督さんの発明があって、「ものすごーく悪そうな顔」の悪役俳優を揃え、下品で粗野で悪辣な振舞いをさせるんですね。観客は映画のなかでたとえ悪役がハチの巣にされても「ものすごーく悪そうな顔」のせいですぐ「あ、悪いヤツだ!」と判断がつき、同情しないですみます。勧善懲悪ものには悪役俳優が不可欠なんですが、ペキンパーの時代はアクションもリアルですから、ただの悪役俳優じゃ「この主人公は人殺しではないか??」という疑問を観客に抱かせてしまうんですね。だから、ペキンパー組の悪役はすごい顔です。


 『SISU/シス 不死身の男』では「いくらやっつけても大丈夫な悪者」としてナチスドイツを使っている。フィンランド国民のなかには実際に村を焼かれた子孫がいるでしょう。負けてドイツに逃げる途中のくせに本当にエラそうです。何しろ全部盛りですから。娯楽作としてはこの演出は成立してると思います。


 だけど、問題も孕みます。ナチスドイツをやっつけるのは痛快ですが、(たとえ娯楽作であっても)2023年現在の映画で「いくらやっつけても大丈夫な悪者」(しかも、特定の民族)を登場させるのはどうなのか。特に昨今の戦争・軍事侵攻関連の国際ニュースを見ていて、危うさも感じます。まぁ、これは本当に難しいところなんですが…。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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絶賛上映中

配給:ハピネットファントム・スタジオ

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