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『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』、プロレスという生き様【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.44】
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年明けのポレポレ東中野は北海道発のドキュメンタリー映画が2本掛かりました。珍しいことだと思います。HBC北海道放送製作の『ヤジと民主主義 劇場拡大版』(23)、UHB北海道文化放送製作の『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』(23)。たぶんこれをご覧の皆さんは「ヤジと民主主義」については耳にしておいでじゃないかなと思います。昨年末、武田砂鉄さんのTBSラジオ『プレ金ナイト』に山崎裕侍監督が出演されたりしたし、新聞の映画欄でも概ね高い評価ですね。だけど、僕は『無理しない! ケガしない! 明日も仕事! 新根室プロレス物語』が気になっていました。
新年最初の日曜日、出演レスラーの舞台挨拶(アフタートーク)があるというので、もうたまらず出かけました。最近はポレポレ東中野へ行く機会が増えています。ここは意欲的ですよね。席数もちょうどいい。この日はマスコミ対応&フォトセッションを兼ねてたんですが、東京だから記者さんも多い。レスラーもスタッフも張り切ってましたよ。僕は応援の気持ちもあって取材申請せず、チケットを買って入りました。
これ、『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』ってタイトルで中身の想像つくでしょうか? まぁ、タイトル長いですよね。ここまで長いと新聞記事なんかではタイトルはいっぺんしか書いてもらえない。といってうまい略称も思いつきません。「新根室プロレス物語」だけじゃ地味だから「無理しない ケガしない 明日も仕事!」部分はあった方がいいけど、これ何かというと猪木さんが「1、2、3、ダァーー!」とやったみたいなコールです。新根室プロレスではレスラーと観客みんなでそう叫ぶ。だからこれは外せないとして、じゃ略称が「無理プロ」かってことですよね。あんまりハマらないでしょ。うまい略称がないと論評してもらいにくいんだよなぁ。
そもそも「新根室プロレス」って読者の皆さんに伝わるでしょうか? 一般にはプロレスっていうと新日、全日、ノア、ドラゴンゲート…、どうかなぁ、CSチャンネルも含めテレビに掛かるのはそんなもんですかね。だけど、実際は群雄割拠です。インディーズ団体がひしめき合っている。みちのくプロレスが先鞭をつけたご当地プロレスも盛んで、新潟プロレス、栃木プロレス、埼玉プロレス、いたばしプロレス、沼津プロレスetc、が存在する。「新根室プロレス」はサムソン宮本という人が核になり、2006年に旗揚げされたご当地プロレスの一つですね。前身の「根室プロレス同好会」は1997年発足し、2005年マンネリ化で消滅したんだそうです。本拠地は道東のはずれ、根室ですね。北海道地図の右の尖ったあたり。最近は釧路でさえ、日本製紙の撤退で活気を失っていますから。根室でプロレス団体が成り立つのかと疑問に思われるかもしれません。
『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』©北海道文化放送
いわゆるスポーツビジネスのマーケティングで考えたら、根室はきついと思います。だけど、「新根室プロレス」は成り立ってるんですね。それは何かといったら全員が手弁当だからです。つまり、アマチュア団体。プロレス好きのおもちゃ屋の主人だったサムソン宮本がオークションでリングを競り落としたのがきっかけです。プロレスごっこをリングの上でできることになった。サムソン宮本はアマチュアバンドの「メン募」(メンバー募集)のように、目についたヤツを誘います。他に居場所のない連中がサムソン宮本の下に集まるようになる。
ここで考えたいのは「プロレス」って何かという問題ですね。プロフェッショナル・レスリングの短縮語だとすると、アマチュア団体の「新根室プロレス」はビミョーになる。まぁ、チケットは買ってもらうからプロの興行ではあるんだけど、それで食べてる人が1人もいません。いわゆる「プロ」じゃない。じゃ、反転してアマチュア・レスリングなのかと言ったら、断じてアマレスじゃないです。オリンピックと繋がってませんから。
だから、「プロレス」って概念はプロアマと関係ないんです。じゃなきゃ、「学生プロレス」なんて矛盾を孕んだ存在は生まれない。ニュアンスは「ロック」って言葉に似ていると思います。「ロック」を感じさせるバンドが演ってればプロアマ問わず「ロック」。「プロレス」を感じさせる闘いがあればプロアマ問わず「プロレス」。
そして、「新根室プロレス」は圧倒的にプロレスなのです。映画はサムソン宮本の生と死、つまり生き様そのものにレンズを向けます。それはプロレスとしか言いようのない、プロレスという形でしか表現しようのない闘いです。その熱にレスラーたちが吸い寄せられ、観客が吸い寄せられる。僕はこんなに正しくプロレスを描いた映画は珍しいと思います。心の底から笑ったし、心の底から泣いた。たぶんご覧になった方の何パーかは道東の小さな町、根室へ出かけることになると思いますよ。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』
2024年1月2日(火)ポレポレ東中野、1月6日(土)シアターキノほか全国順次公開中
配給:太秦
©北海道文化放送
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