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『漫才協会 THE MOVIE ~舞台の上の懲りない面々~』、浅草に行きたくなる【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.48】

(c)「漫才協会 THE MOVIE ~舞台の上の懲りない面々~」製作委員会

『漫才協会 THE MOVIE ~舞台の上の懲りない面々~』、浅草に行きたくなる【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.48】

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 ナイツ 塙宣之監督の秀作ドキュメンタリーです。僕は企画を聞いたとき、塙さんがYouTubeで展開している「劇団スティック」(テレ朝『警視庁・捜査一課長』に出演した際の演技がぎこちなく、セリフが「棒読み」とSNSで揶揄された塙さんが、それなら逆に芸人集めて「棒読み」劇団を旗揚げしてやると結成。劇団名の由来は「棒」=スティック)のような、おふざけ満載のブンブン振り回した映画になるかと思ったんですが、ぜんぜん違いました。これは非常にマジメな「東京のお笑い」についての映画ですね。


 お笑いという言葉からどんな現場を思い浮かべるかは、本当に人それぞれだと思うんです。たぶん大多数の人は「テレビのバラエティー」の世界だと思っている。多少、関心のある人は「ネタ番組」の世界だと思っている。そしてアクティブ、コア層に属する人は劇場や小屋を思い浮かべる。まぁこの何十年、テレビも劇場も吉本興業が制圧しているような状態ですから、「お笑い=よしもと」を連想する方が多いと思うんです。だけど、東京には東京のお笑いがある。『漫才協会 THE MOVIE』は、その「東京のお笑い」の現場に映画をご覧の皆さんを案内してさしあげましょうという主旨ですね。映画の作り自体はとてもマジメで、わかりやすいものです。結果的にこれは浅草案内にもなっているのですが、浅草に一度も足を踏み入れたことのない若い観客にもすんなり伝わると思います。


 映画の主たるロケーションになっているのは浅草六区の演芸場「東洋館」です。ここは「東京のお笑い」の伝説をギュッと凝縮したような場所ですね。かつてはフランス座という名のストリップ劇場でした。そこで踊り子さんのショーの合間を埋めていた「ストリップコメディアン」に八波むと志、関敬六、渥美清、萩本欽一、深見千三郎、ビートたけしといった顔ぶれがいた。浅草で芸を磨き、映画やテレビの世界に羽ばたいていったスターたちの残映が浅草六区にはあります。僕は駆け出しライター時代、国際通りを隔てた六区の間近(「どぜう飯田屋」の辺り)にワンルームマンションを借りて住み、フランス座(まだ最後の時期、残ってたんです!)の窓を見て、あぁ、欽ちゃんはあそこの窓から踊り子の奥さんにお金を投げてもらったのかなとか、井上ひさし(フランス座の学芸部員でした!)もこの通りをうろついたかなとか、夢想していたものです。だから今も東洋館へ行けばたけしさんがタップを踏んだ、『浅草キッド』に出てくるエレベーターの現物に乗ることができます。あぁ、あの場所に自分も立っているのだと感激することしきりです。


 ですが、それは歴史ですよね。『漫才協会 THE MOVIE』が描いたのは今なんです。伝説や歴史の現場は今はすっかりエネルギーを失ってしまい、ノスタルジーで語られるしかなくなったのか。そんなことないですよ、こんなに「舞台の上の懲りない面々」がいますよ、っていう映画なんです。テレビで見たことのない芸人さん、テレビで見たことあるけど、ずいぶん長いこと見てないなぁという芸人さんがじゃんじゃん紹介されます。いちばんすごいなぁと思ったのは「漫才協会に所属してちゃんと会費も払ってるけど、いっぺんも東洋館の舞台に上がったことがなく、それどころか誰も見たことがない幻の芸人さん(塙さんが住所を頼りに訪ねてみる)」ですね。そのディープさというか、奥行きがハンパない。


 「テレビで見たことのない芸人さん」は現在では「地下芸人」と呼ばれるじゃないですか。テレビで見ないアイドルを「地下アイドル」と呼ぶのと同じ、アンダーグラウンドな存在ですね。大概は若者か、若さの尻尾を引きずった感じの、夢をあきらめられない層です。イメージとして小屋は中野や下北沢にあったり、アイドルなら秋葉原のはずれにあったりかなぁ。だから浅草が拠点ってちょっと古いんですよ。「地下芸人」に近接した存在だけど、「地下芸人」ではない。年齢的には若者もいるけれど、もっと上が多い。古くて、今さらもうどうにもならないってキャリアの人が『漫才協会 THE MOVIE』にはバンバン出てくる。



『漫才協会 THE MOVIE ~舞台の上の懲りない面々~』(c)「漫才協会 THE MOVIE ~舞台の上の懲りない面々~」製作委員会


 で、「古くて、今さらもうどうにもならない」人が魅力的なんですよ。もう業(ごう)のようなものが見える。カメラ前に慣れてないから、映画の映り方もちょっと変です。無駄に力が入っていたり、自意識が先に立ってたりする。そういうの込みで面白いんですよ。売れてようが売れてなかろうが、芸人さんがいる。生きることのすべてを投げうって舞台にかけている。その味わい、その素晴らしさですね。この映画は見終わると浅草に行きたくなります。東洋館に行きたくなります。


 僕はTBSラジオ『ナイツのちゃきちゃき大放送』という番組で、ナイツさんと月イチでスタジオをご一緒する間柄なんですよ。塙宣之さんの人となりを知って、面白いなぁと思ったのは「あんまり浅草っぽくない人」だという点なんです。ナイツは漫才協会トップの売れっ子で、役付きでもあるから、先に挙げた欽ちゃん、たけしさんの系譜を継ぐ「浅草の代表格」ってイメージだけど、元々は大学のお笑いサークル出身ですよね。塙さんはYMO好きの、たぶんサブカルチャー側の若者だったと思う。影響が大きかったのは松本人志さんでしょう。で、プロになってから、浅草と接続したんです。内海桂子師匠の弟子になって、「東京のお笑い」の根っことつながった。


 だから今、サンドウィッチマンやオリラジ、ハリセンボン近藤春菜らをスカウトして、浅草に接続しようとしている。「東京のお笑い」を再興しようとしている。『漫才協会 THE MOVIE』はその意思表示だと思うんです。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido




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『漫才協会 THE MOVIE ~舞台の上の懲りない面々~』

3月1日(金)より角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー中

配給:KADOKAWA

(c)「漫才協会 THE MOVIE ~舞台の上の懲りない面々~」製作委員会

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