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『アイアンクロー』、呪いはどう発動するのか?【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.50】
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僕の世代は稀代の悪役レスラー、フリッツ・フォン・エリックを覚えています。ナチスドイツを思わせるドイツ名。残忍そうな目つき、酷薄な薄笑い。必殺技のアイアンクローは相手レスラーの顔面に爪を立て、とてつもない握力でつぶしにかかる技でした。これが凄いのは相手がギブアップしても、爪がめり込んでしまって、レフリーの助けなしには剥がせないところでした。もうひとつ、ストマッククローという相手の胃に仕掛ける技があったけど、残酷すぎて正視できなかったです。見ているだけど胃液がむかむか喉をせり上がってきた。ちなみに僕は胃のことを英語でストマックというのをプロレスで覚えました。「嚙みつき魔」フレッド・ブラッシーと「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックは昭和のプロレス界を彩った人気悪役ですが、どちらもテレビ時代の(アップの絵で映える)必殺技の持ち主でしたね。
『アイアンクロー』(23)はそのフォン・エリック家の物語です。プロレスファンにはフォン・エリック家は「呪われた一家」で通っているんです。長男ジャック・ジュニアが幼少期に事故死したのを皮切りに、長じてレスラーになった兄弟たちを次々に不幸が襲います。本作は次男ケビンの視点から「呪われた一家」のインサイドストーリーを描いたものです。プロレス界のケネディ家とも形容された「呪われた一家」はどう絆で結ばれ、どう栄光と喪失を味わったのか。
ここまで「フォン・エリック家」と書いてきましたが、これはリングネームです。フリッツ・フォン・エリックは本当はテキサス出身のアメリカ人で、ナチスドイツとは何の関わりもない。本名はジャック・バートン・アドキッソンだそうです。だから「呪われた一家」が仮に実在するとして、それはフォン・エリック家ではなくアドキッソン家であるべきですね。フリッツは悪役として売り出すとき、ナチスドイツのギミックを使ったのです。これはリング上で残酷な振舞いをして、観客の憎悪をかきたてるのに役立った。場内が「あのドイツ野郎を叩きのめせ!」とヒートアップすればチケットも売れますね。これは大戦時の日本軍人をイメージにした「グレート東郷」(真珠湾攻撃を思わせる卑怯な奇襲攻撃を得意とした。空手の大山倍達を「マス東郷」、柔道の遠藤幸吉を「コウ東郷」として兄弟ギミックのトーゴー・ブラザースを結成したのも語り草)と同じことです。
ただナチスの生き残りを思わせるフリッツのたたずまいと、呪われたフォン・エリック家のストーリーはやけに説得力があった。血塗られた家系というものがあるとしたらフォン・エリック家こそふさわしいとプロレスファンは妙に納得してしまった。まぁ、それだけフリッツの醸し出す恐怖のリアリティーがあったということなんですが、よく考えると息子の代、例えばデビッド・フォン・エリックなんか長身長髪、「陽キャ」と表現してもいい典型的なアメリカ青年スタイルですから、もうナチスドイツのギミックなんかどこかへ行ってしまってますね。息子たち(エリックブラザース)も鉄の爪、アイアンクローを必殺技として繰り出すんだけど、「陽キャ」のアメリカ青年が乱暴してる風にしか見えなかった。技に切実さがないんです。だから「呪われたフォン・エリック家」っていってもそのおどろおどろしさはお父さん、フリッツの個性が担保してた気がする。
『アイアンクロー』© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.
ただ呪いはなかったのか、単に不運が重なった家族の物語かというと、本作をご覧になったすべての観客が思うことでしょうけど、そうではありませんね。これは偶然ではない。僕はプロレスファミリーの物語ということを離れて、もうちょっと普遍的な「呪いというのはどう発動するのか?」、あるいは「人はどうやって呪われてしまうのか?」という主題をそこに読み取ります。
呪いを発動させているのはやっぱり父、フリッツなんですよ。フリッツ・フォン・エリックは人気レスラーではあったけれど、当時のプロレス界最高の栄誉であったNWA世界チャンピオンのタイトルと無縁のまま、キャリアを終えます。レスラーを上がってからはテキサスのローカルサーキットの元締めにおさまり、息子たちをリングに上げて商売するんですが、本当はそんな田舎プロレスじゃ満足できない。息子たちの誰かに、自分が獲れなかったNWAタイトルを獲らせたくてたまらないんです。そのために大物プロモーターに働きかけて、どうにかタイトル挑戦権を得ようとします。それはフリッツの生涯をかけた悲願であり、執念でした。
息子たち、エリックブラザースはその父の夢のために生きることになります。「親の叶えられなかった夢」は呪いですね。それは人を縛るのです。たぶんフリッツは「いんちきのドイツ人レスラー」ではなく、憎悪を向けられる悪役でもなく、息子をアメリカン・ウェイ・オブ・ライフを体現したNWAチャンピオン(世界最高の栄誉と報酬の与えられる王者)に仕立て上げたかったでしょう。エリックブラザースはその呪縛のなかで次々と不運に見舞われる。まぁ、それ以上の具体的なところは映画をご覧になってください。
最後にこの映画のプロレス再現度はすごいと申し上げておきます。ケビン・フォン・エリック(次男)ご本人もテキサスの試合会場「スポルタトリアム」の出来栄えに感心しています。僕はハーリー・レイスやブルーザ・ブロディの再現度にしびれた。もちろん、エリックブラザースの本物そっくり度合いは言うまでもありません。最高のプロレス映画にして、胸締めつけられるファミリーヒストリー。長年のプロレスファンには答え合わせの魅力もあります。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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