© 2023 Gladys Glover - House on Fire - CS Production - ARTE France Cinéma - Les Films Fauves - Volya Films – WANG bing
『青春』、持たざる者はとても明るい【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.51】
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この映画は情報が少ないですね。中国・長江デルタ地帯の衣料品工場に材を取ったドキュメンタリーです。監督は『鉄西区』(03)『鳳鳴ー中国の記憶』(07)『死霊魂』(18)で三度、山形国際ドキュメンタリー映画祭最高賞に輝いた手持ちデジカメの鬼才、ワン・ビン(王兵)。長い作品(『鉄西区』は9時間越えに再編集された)のイメージがある監督さんなんですが、本作『青春』(23)も上映時間3時間35分です。『RRR』(22)ですら長尺&インターミッションなしで二の足を踏んだ方も多いから、ちょっと見る人を選ぶ作品かもしれません。
第一、『青春』って漠としたタイトルが訴求しづらいですよね。「青春 映画」でネット検索かけても「青春映画 おすすめ人気ランキング」「甘酸っぱいあの時をもう一度…。せつなくてもどかしい青春映画」みたいのが上位に来てしまう。埋もれちゃうんですよ。かといって漢字の原題だから、洋画みたいに思いっきり意訳した邦題もつけられない。で、試写を見た僕の感想を言うと「え、これが青春?」です。タイトルから連想するような「甘酸っぱい」「せつなくてもどかしい」情景は皆無です。その代わり、ものすごく惹きつけられる「工場の日常」が映っていた。
よくペット動画なんかで「ずっと見ていられる」って言い方があるじゃないですか。僕のイメージはそれでした。中国の「工場の日常」が映ってて「ずっと見ていられる」。わーきゃー言ってじゃれ合ってる感じの工員さんたちがめっちゃ可愛いんです。手持ちカメラはたぶん延々回してたんですね。工員さんたちがほぼ意識しないとこまで行ってる。衣料品工場だからミシンを使うんですけど、作業しながら工員さんはずーっとおしゃべりしてるんです。これが本当に「わーきゃー」としか言いようのない他愛もないやつなんだなぁ。からかってちょっかい出したり、甘えたり、こう、青春って言葉が想起させるのより幼い印象です。まぁ、東アジア人は童顔だってよく言われるんですけど、それにしても『青春』に登場する工員さんは幼い。これは農村部から働きに来ている素朴な若者だからでしょう。消費生活を謳歌する都市の若者層とは見た目がぜんぜん違う。中国は経済発展を遂げ、「消費生活を謳歌する都市の若者層」の方は映像等でよく目にするようになったけど、一方で長江デルタ地帯の衣料品工場で働く工員さんもいるのです。
カメラは「わーきゃー」を撮っていきます。これ、監督さんはロケハンしてガッツポーズだったと思うんです。こんなに若者が活発におしゃべりしてる情景ってあんまりない。みんなミシン掛けしながらだから目線は合わせないんです。目線合わせない方が逆に軽口が叩ける感じってありますよね。会って話すより電話の方が言いやすいみたいなニュアンスです。で、ミシン掛けの仕事はやってもやっても終わらないから、手は動かしながらおしゃべりは延々続く。このシチュエーションはとても面白いと思います。
『青春』© 2023 Gladys Glover - House on Fire - CS Production - ARTE France Cinéma - Les Films Fauves - Volya Films – WANG bing
まぁ、もちろん仕事中だけじゃなく、住み込みの部屋の様子や、休日の外出なんかも撮ってるんだけど、僕が「ずっと見ていられる」感覚だったのは、ミシン掛けしながらの「わーきゃー」おしゃべりでした。しかし、階層性みたいなもんはいやでも目に入ってきます。工員さんたちは本当に貧しいんですよ。教育も満足ではない。だから一日じゅう働いているけれど夢が描けない。人生設計がない。これ、本当に「経済大国・中国」の現在なのかとポカンとします。ちなみに長江デルタ地帯だけで日本のGNPを上回る規模なんだそうです。その経済発展を下支えしているのが『青春』に登場する工員さんってわけなんですね。
作品の途中から工賃の話が頻出するようになります。屈託なく「わーきゃー」やってた工員さんが作業の工賃をめぐって不満を漏らすようになる。工員さんは言われるままにミシン掛けをしているだけで、その労働の相場感から遠ざけられてるわけですよ。で、年かさの工員が「よその工場はもっと貰ってる」って情報をどこからか仕入れてくる。で、工場経営者の夫婦に掛け合おうとするんだけど、「この忙しいときに言うな、納期が迫ってる」「この恩知らずめ、住まわせてやってるんだぞ」みたいな罵声を浴びることになる。日をあらためて交渉してものらりくらりかわされてしまう。
とても面白い光景でした。労働者の国であった共産主義国が市場経済を取り入れ、経済大国化したと思ったら労働搾取している。マルクス経済学でいう搾取の定義は「生産手段を持つ者が持たない者を必要以上に働かせ、発生した余剰労働の成果を奪う」です。絵に描いたような搾取の有様が「わーきゃー」ドキュメンタリーに映り込んでいる。工員さんたちは「わーきゃー」それに抗う。
中国は映像の検閲のある国だから今、申し上げたことが監督さんの狙いかはわかりません。あくまで僕の解釈ということで大丈夫です。だから、「わーきゃー」ドキュメンタリーは実はどえらく情報量の多い傑作なのです。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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配給:ムヴィオラ
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