スタッフ皆が河合優実に惚れていた
Q:現場の雰囲気はどんな感じでしたか。
入江:現場の雰囲気は意外と明るかったですよ。今回はスタッフのキャラクターもありましたね。撮影の浦田秀穂さんの持ち前の明るさもあって、すごく朗らかな感じでした。みんな「ここはこうしたらいいんじゃないですか?」とか、「このくらいの陽のタイミングで撮ったら綺麗だと思います」とか、どんどんアイデアを出してくれて賑やかでしたね。
Q:スタッフ・キャストの目指す方向にブレがなく、それぞれから多くの提案があったようですが、これは普段の現場とは違ったのでしょうか。
入江:今回に関しては、河合優実という人にみんなが惚れていたんです。『PLAN 75』(22)で河合さんと一緒だった撮影の浦田さんや照明の常谷良男さんは、「今回はどうアプローチするのか楽しみだ」と言っていましたし、それ以外のスタッフも彼女が演じた瞬間に「すごい!」となっていた。「これはただ事ではないぞ」「杏という人を真剣に見つめないといけないぞ」と、皆に一体感が生まれていたところがありました。撮影クルーのまとまり方って多種多様なのですが、今回は初めてのケースでしたね。『あんのこと』というタイトルのように、みんなが杏のことを考え続けていた。これはやはり河合優実さんの力が大きいと思います。
『あんのこと』©2023「あんのこと」製作委員会
Q:カメラマンの浦田さんは今回初顔合わせでしょうか。スタッフィングの経緯を教えてください。
入江:浦田さんとは昔ドラマでご一緒したことがありました。『PLAN 75』が素晴らしくて、特にラストカットに光の美しさがあった。あれはその時間を的確に捉えているからこそ撮れた画だと思います。『あんのこと』はモチーフが暗い話ですが、暗さだけじゃないものも必要だと考えていました。そこで浦田さんの光の表現とつながったんです。ただ、浦田さんは手持ち撮影が多いのですが、僕は普段手持ちを好んで使うタイプではない。そこはどうかなと思っていたのですが、見ているとだんだん面白くなって来た。だったら自分ではあまりコントロールせずに、偶然の出会いのようなものに賭けてみるのも面白いかなと。
Q:映画で作ろうとしている世界観や想いは、いつもスタッフに伝えているのでしょうか。
入江:いつもは伝えていますね。ただ今回は、実話を元にした映画が初めてだったこともあり、脚本を書きながら今までとの違いを感じていました。自分の世界観を押し付けるとモデルになった人たちに対して失礼になるだろうと。むしろ向こうの話を聞かせてもらうような感じで「そっちはどうでしたか?」「このとき何を思いましたか?」と、そのときのエッセンスを僕らが感じられたらいいと思ったんです。そういう意味では、自分から何かを形にはめていくようなことは、今回はするべきじゃないと思っていました。
Q:エンタメの大作と小規模な作品で違いを感じることはありますか。
入江:大作になると、関わる人が多くなるというのはありますね。それは良いことも悪いことも両方ある。今回『あんのこと』が良かったのは、ちょうど良い規模感だったこと。関わる人が多いとそれだけ色んな意見が出てくるので、それに対して一つずつ対応する必要がある。今回はそんなに人が多くなかったので、全員がお互いの顔を見ながら話せる環境でした。一枚岩になっている感じもあり、すごく作りやすかったですね。例えば撮影の浦田さんが「こういうシチュエーションでも撮ってみない?」と急に言ったとしても、「まだ時間があるから行ってみよう」とパッと行って撮ることが出来た。大作になるとそうは出来なくて、各部署の人数が多いから恐竜の大移動みたいになってしまう(笑)。それゆえ断念しなければならない瞬間が出てくるのですが、ある程度規模が小さいとパッと移動して試すことが出来る。そこはやっぱり良いところでしたね。
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監督/脚本:入江悠
2009年、自主制作による『SRサイタマノラッパー』が大きな話題を呼び、ゆうばり国際ファンタスティック映画オフシアター・コンペティション部門グランプリ、第50回映画監督協会新人賞など多数受賞。2010年に同シリーズ『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』、2012年に『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』を制作。2011年に『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』で高崎映画祭新進監督賞。『AI崩壊』(20)で日本映画批評家大賞脚本賞。その他の作品に『日々ロック』(14)、『ジョーカー・ゲーム』(15)、『太陽』(16)、『22年目の告白-私が殺人犯です-』(17)、『ビジランテ』(17)、『ギャングース』(18)、『シュシュシュの娘』(21)、『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』(23)など。
取材・文:香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『あんのこと』
6月7日(金)新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほか全国公開
配給:キノフィルムズ
©2023「あんのこと」製作委員会