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『オールドフォックス 11歳の選択』、取り返しのつかない物語【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.55】
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『オールドフォックス 11歳の選択』(23)を見たくなったいちばんの理由は門脇麦さんの存在です。まだ冬だったと思うんですが、ネットで「門脇麦が台湾映画に初出演」というのを見かけて、それは絶対見たいと思ってました。門脇麦さんってホントにいいですよね。美人だけど、何か寂しそうな感じがする。表情にニュアンスがあります。それで笑ったりすると、こう、心の深いところに届いてくる。シャオ・ヤーチュエン監督のインタビューを読むと、まさにその「30歳くらいで、憂いが感じられて孤独の影がある」女優を求めていたっていうんですね。台湾にはそういう人が見当たらなかった。そのとき、ふとプロデューサーのホウ・シャオシェン(『悲情城市』等のホウ・シャオシェン監督がプロデューサーです!)から以前、「日本人の俳優と仕事したらいいよ」と言われたことを思い出したそうなんです。で、『浅草キッド』の門脇麦が浮かんだ。あぁ、『浅草キッド』の踊り子”千春”は台湾でも見てもらえたんだなと嬉しくなりました。
この映画は「11歳の選択」という副題でもわかる通り、リャオジエという少年(バイ・ルンイン)が主人公です。時は1980年代、バブル期の台湾です。母を亡くし、レストランの給仕で生計を立てている父タイライ(リウ・グァンティン)と貧しい2人暮らしをしている。2人の夢はお金を貯めて理髪店を出すこと。だけど、コツコツ真面目に働いてもお金は貯まらないんです。物価も不動産価格も上がる。そりゃバブルですからね。
お父さんのタイライは地方から出てきた控え目で誠実な人です。音楽が好きで夜、サックスを吹いたりする。リャオジエ少年はそのせいで近所の悪ガキからいじめられます。「ラッパ吹き」とバカにされて少年はとても悔しい。お父さんは言ってみれば「ビューティフル・ドリーマー」ですね。バブルのザワザワした空気のなかでは置いていかれる存在。古い美意識、道徳観念を捨てられないタイプ。
で、このお父さんタイライと郷里の同級生だったのが門脇麦演じるヤン・ジュンメイなんですよ。タイライは貧乏暮らし、ジュンメイはバブル成金と結婚して不幸な境遇にある。2人が制服姿で語り合う回想シーンがあるんですね。タイライは「台北に行ったら『When I Fall in Love』のレコードが買えるかな?」なんて他愛ない話をする。ジュンメイは留学の話をする。その時点で2人の将来、住む世界が違ってしまうことが暗示されます。タイライは都会に出て黙々と働くのです。ジュンメイは社会の上積みにのぼってゆく。
『オールドフォックス 11歳の選択』©2023 BIT PRODUCTION CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED
この『When I Fall in Love』がキーなんですよ。ヴィクター・ヤング作曲、エドワード・ヘイマン作詞のスタンダードナンバーです。邦題は『恋に落ちた時』。映画のなかではレコードをクリスマスにかけるシーンでもう一度出てきます。なぜ『When I Fall in Love』なのかは劇中、明かされません。ちょっと興味が湧いたので僕が調べてみました。
僕は古い人間かもしれない
過去に生きているかもしれない
だけど、運命の人に出逢ったら
僕は本気になるに違いない
初恋が最後の恋になるだろう
僕が恋に落ちたら永遠に続くだろう
さもなくば絶対恋に落ちないだろう
このような騒々しい世界では
恋は始まる前に終わってしまう
(以下略、『When I Fall in Love』えのきど意訳)
歌詞で目に留まるのは「このような騒々しい世界」です。元の歌詞は「In a restless world like this」。あああ、この曲はリャオジエ少年にとって、バブルに乗れなかったお父さんそのものなんだなぁと思います。その頑なさ、その慎ましさ、好ましさが美しいメロディに仮託されている。
リャオジエ少年は物語のなかでお父さんにバッテンを付けるようになります。あんなに好きだったお父さんを「負け組」と見下してしまう。そのいきさつには「オールドフォックス」と呼ばれる老人が関与してるんですが、その辺りは映画をご覧になった方がいいと思います。ストーリーもディテールも一級品。登場人物の彫り込みが深くて、ズシンと心に残ります。そうです、これは大傑作なのです。
副題の「11歳の選択」とは、簡単に言うと「取り返しのつかない後悔」ですかね。少年の日の「取り返しのつかない後悔」。これはたまらんでしょう。僕の琴線というか、最も弱い、泣けちゃうポイントです。11歳からずっと抱えて生きていかざるを得ない心の傷。それが懐かしく、美しいタッチで描かれる。
最後に門脇麦さんに触れましょう。ヤン・ジュンメイの孤独が銀幕からこぼれ落ちるようだった。シャオ・ヤーチュエン監督は本当に門脇さんのファンのようです。今後も台湾映画に出てほしいですね。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『オールド・フォックス 11歳の選択』
6月14日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開中
配給:東映ビデオ
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